第43話 バリズとアーサーの会話




 私は息を潜め、ベッドの下からアーサーとバリズの会話を聞くことにした。

 アーサーの豹変した様子をバリズは知らない。

 バリズの前ではいつものアーサーのまま、本性を出さないだろう。


 しかし、人は1対1のときと、1対2のときは話すことが違う傾向がある。

 私がいないことで、アーサーはバリズに何か秘密の話をするかもしれない。


「ユフェルは来ていないか? 部屋にいなかったが」

「来てないぜ」

「そうか」

「まぁ、飯でも食えよ」


 アーサーはバリズの誘導通りに席について食べ物を食べ始めた。

 とはいえ、私には咀嚼そしゃく音しか聞こえず、足元しか見えていない。


「大騒ぎになってたけど、女共の説得は上手くいったのか?」

「かなり手こずったよ。そのせいでマチルダが怪我をしてしまった」


 ――なんと平然と嘘をつくのか……


 その鈴を転がすような声で、なんと汚い嘘をつくのかと私は悔しくて拳を強く握りしめた。


「怪我ってレベルじゃねぇぞ。顔もめちゃくちゃに切られてたし」

「……私と一緒に旅をしている彼女は、常に他の女性の嫉妬に晒されていることになる。また襲われるかもしれない」

「それは旅を始める前に分かってた事だろ? じゃあなんで女を同行者として選んだんだよ」

「ははは、マチルダは優秀な女性だと思ってるよ。男女の違いは関係なく」

「お前が選んじまったせいだろうがよ。はぁ……アーサーがもっと不細工だったらこんなことにはならなかったのにな」

「そうだね……」


 アーサーはそこで暗い声を出した。食べていた手も止まったようだ。


「モテ自慢はいいから、これからどうするんだよ」

「まだ私を追いかけてきた女性は全員警備兵が捕らえた訳じゃない。この町に長居すると危険だ。明日出発したい」

「今回は出るのが早いな。で? マチルダはどうするつもりなんだよ? まだ入院してるぜ」


 ――そもそもアーサーはマチルダを連れて行く気があるのか……?


「4人で魔王討伐に行かないと締らないからね」

「? 別にもうアーサーだけでもいいんじゃね? 俺たち別にお前の役に立ってねーし」

「それは駄目だよ!」


 アーサーが急に大声を出したので、私は驚いてビクリと身体を震わせた。私だけではなく、バリズもその大声に驚いて返す言葉を失っている様だった。


 ――マチルダが言っていた通り、4人で旅をすることにこだわっている様だが……その理由はなんだ?


「な、なんでだよ?」


 自然な感じでバリズはアーサーに4人にこだわるのか聞いてくれた。私もそれが大いに気になるので、その答えを待つ。


「……4人で魔王退治をするのは、しきたりのようなものなんだよ。伝統なのさ」


 ――そんな話は聞いたことがないが……


 魔王をこんなに堂々と退治に出るのも異例の事のはず。

 図書館の資料でもそんなことは少しも書いていなかった。


「それに、流石に私1人では魔王と戦う時に不安があるからね」

「よく分かんねぇけど……明日カースを出るならマチルダをどうするのかお前が決めろよ。この後一緒に病院行くか?」

「そうだね。私はずっと取り調べで会いに行けていないし」


 ここまで特別、アーサーの裏の顔は確認できない。

 バリズにも私にも裏の顔は見せないつもりか。


「ところで、アーサー」

「なんだい?」

「俺に隠してること、あるんじゃね?」


 ――!?


 バリズがアーサーにカマをかけているのか、それとも本当に怪しいと思っているから聞いているのか判断はできなかった。

 もしかしたら、私がアーサーを避けてベッドの下に隠れるという行動に出たことで、何かバリズに疑問を持たせたのかもしれない。

 しかし、下手に詰め寄ってボロが出るようなことがあればアーサーが何をするか分からないので、危険だ。


「隠してること? そりゃ、人間だし、あえて言ってないことはあるよ」

「そういうことじゃねぇよ。俺たちと旅をするのに、致命的になるような隠し事があるかどうかって聞いてるんだ」


 ――やめるんだ、バリズ。それ以上踏み込むな。何をされるか分からないぞ


 心の中でバリズにそう語りかけているが、勿論私の声は届かない。


「そんなことないよ。皆の事信頼しているし」

「へぇ……じゃあのこともしらばっくれるってことか?」


 ――なんだ? アレとは……


 バリズも何かアーサーの事で知っていることがあるのだろうか。


「バリズ、何を言っているか分からないよ」

「はぁん。そこまでしらばっくれるってんなら、のこと、他の連中に言ってもいいよな? 心当たりないんだろ? 今正直に言ってくれたら、これは俺とお前だけのことってことで黙っておいてやるよ。どうする?」


 ――………………


 カマかけなのか、それとも本当にバリズはアーサーの何か知っているのか。

 バリズにそう言われて、アーサーは暫く黙ってしまった。


 そして、ため息をつくように息を吐きだす音がした後、アーサーが返事をした。


「はぁ……どれのことなのか、心当たりがありすぎて分からねぇな」


 その乱暴な口調の正体は、あの冷たいアーサーであった。

 ついにその本性をバリズに見せたことに私は驚く。


「へぇ……こっちが本性って訳か」

「俺の何を知っている? 吐けよ、バリズ」


 足元しか見えないが、魔法が展開されたのが分かった。魔法式は断片的にしか見えないが、攻撃魔法であることは分かる。


「何焦ってんだよ。よっぽど知られたくねぇことでもあるようだな」

「早く言え!」


 バシュン!


 その音と共にバリズの後ろの宿の壁がえぐれた。抉れた壁は水に濡れている。水魔法だ。

 水魔法で壁を抉るなんて、普通の魔法使いではできない芸当だ。

 こんなものをまともに食らったら死んでしまう。


「いってぇな……」


 ――当たったのか!?


 どの程度の怪我なのか分からないが、私はバリズの方を凝視した。床に滴る血は見えないので、どうやらかすめた程度らしい。


「けっ……別に。俺はカマかけしただけだぜ。まさかアーサーにこんな一面があるなんて思わなかったから、正直驚いてる。へへ……お前、何が目的なんだよ?」

「……ちっ」

「おい、答えろよアーサー!」

「俺に指図するな。俺以外は俺の引き立て役なんだよ」


 アーサーがそう言った後、別の魔法式が展開されてそれが発動したのが断片的に見えた。

 魔法が発動したその後、バリズは倒れた。倒れたバリズを見て、私は思わず息が止まった。


 ――殺した……!!?


 アーサーがかがみ込み、バリズの頭を乱暴に掴んで軽く持ち上げた。

 その際に私はアーサーに見つかるのではないかと恐怖に血の気が引く。


「けっ……お前みたいな雑魚なんざ、わざわざ連れて行かなくても魔王なんかぶっ飛ばせるけどよ、RPGの勇者パーティは4人って相場は決まってるんだ。ぐだぐだ言わずにおまけとしてついてくればいいんだよ。手間かけさせやがって」


 あまりの恐怖でまともに思考ができなかったが、聞きなれない単語が出てきたのでそれだけはなんとか言葉を拾う。


 ――あーるぴーじー……とはなんだ?


 バリズの頭を乱暴に捨てるように放し、アーサーは何事もなかったかのように出て行った。

 


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転生予定者を轢き殺したトラック運転手、同じ世界に転生して復讐を計画する 毒の徒華 @dokunoadabana

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