第42話 パンデモニウムの夜景




「アーサー、いますか?」


 宿についた私は、まずはアーサーが部屋にいるかどうか確認した。


「………………」


 中から返事はない。

 しかし、私が部屋の前にきたときには、中から声や物音が聞こえたような気がした。


 ――まさかとは思うが、居留守かもしれない。一度立ち去って様子を見てみるか


 私は少し大げさに足音が中に聞こえるように一度アーサーの部屋の前から立ち去った。

 それから足音を潜めてアーサーの部屋の前に戻る。

 こんなことをしている自分が恥ずかしいとも思うが、これも調査の為と自分に言い聞かせる。


「ねぇ、返事しなくて良かったの?」

「そんなことどうでもいいだろ」


 中からアーサーと女性らしい声がする。案の定居留守を使われていたようだ。

 アーサーの口調は、警備建屋で聞いたのと同じ荒っぽいものだった。


 ――やはり、こちらが本性か……?


「早くぅ、アーサー様」


 先ほどとは別の女性の声もしたので、私は驚いた。

 女性の声が聞こえたところまでは想定内だったが、2人目の女性の声には驚かざるを得ない。

 今のところ確認できたのはアーサー含め3人だが、こうなってはもっといても不思議ではない。


えた」

「えー、そんなぁアーサー様ぁ」

「うるせぇ。見られたら厄介だ。さっさと出て行け」


 中からバタバタという音が聞こえてきたので、私は忍び足でアーサーの部屋の前から去り、壁の影に隠れて中から出てくる者を見張った。

 しかし、やはりまだ信じられない。

 私の知るアーサーとは全く違うその口調、態度、もしかしたら同じ名前の別人なのではないかと、未だ信じられない気持ちでいた。


「またこの町に来てね、アーサー様」

「アーサー様、結婚の話覚えておいてねぇ」

「結婚するのはあたしよ!」

「いいから早く出て行け」


 出てきた派手な女性たちは2人。名残惜しそうにアーサーの部屋の前から立ち去って行った。

 アーサーはすぐに部屋の扉を閉じる。


 ――……アーサー以外、全員出て行ったのか? 今すぐにアーサーのところへ行くと妙に思われる。しばらくしてまた部屋を訪ねてみよう


 私はアーサーのところへ行くのに時間を空ける為、バリズの様子を見ることにした。

 バリズは先に宿に戻ってもらったので、部屋にいるはず。


「バリズ、ユフェルです。体調はどうですか?」

「入って良いぜ」


 バリズの部屋に入ると、食べ物が沢山テーブルに置いてあり、それを口いっぱい含んで食べていた。

 恐らく、カースの町の商店街で買えるだけ買ってきたと見える。


「そんなに食べ物を……どうしたんですか?」

「今回の騒ぎで、多分すぐにカースの町を出ることになると思ってよ。食えるうちに食っとかないと、また半日とか歩くんだろ?」

「そうですね」

「ユフェルも食えよ。どうせなんも食ってないんだろ」


 そう言って私に食べ物を勧めてくる。

 殆どのものが食べかけなので、あまり気が進まなかったがバリズが食べていない部分を少し食べ始める。

 言われてみれば少し空腹であるような気がした。

 夜通し気を張ってたせいか、空腹など忘れてしまっていた。確かに食べなければ町を移動する体力もつかない。


「なんだよ、深刻そうな顔して。なんかあったのか?」

「…………」


 マチルダが危ない。

 と、正直に言うのもどうかと思って私は考え込んでしまった。


「まぁ、言いたくないならいいけどよ。そういえば昨日さ! トムが言ってただろ? この宿から見えるパンデモニウムの夜景が綺麗だって!」


 私の気持ちを察してくれたのか、バリズは話題を変えてくれた。


「そう言えば言っていましたね」

「屋上に飯屋があって、そこで飯食いながら見てみたらすげーの! めっちゃくちゃデカい都市だぜ! ここからでも良く見えた! あそこに行くのかぁ……って思ったら、もう食うしかねぇと思ってさ。だからユフェルも食った方が良いぜ。パンデモニウムにトムと潜入するんだろ?」


 トムと目的は違うので一緒に潜入することになるかどうかは分からないが、恐らくそうなるだろう。


 ――というか……今こんなに沢山食べても、魔王城まで持つ訳じゃないと思うんだけど……


「そうですね。保存の効く食べ物を持って行った方が良いですよ」

「海沿いで行くから、釣りでもするぜ」


 ――そんな楽観的な……


 正確な魔族領土全体の地図はなかったが、パンデモニウムから魔王城まで結構距離があり、時間がかかる。

 その間に飢えをしのぐための食料は持ちきれない。

 必ず現地で何か採って食べる必要がある。


 ――不安だ……


 それに、バリズは以前、動けなくなるまで食事ができない状態になってしまっていた。

 今はそのような症状はないが、あの状態になってしまったら魔王城に行くどころではなくなってしまう。


「魔族の領土に入ったら、その先は未知数です。用心して行ってくださいね」

「あぁ、そうだな。ユフェルは街の中で上手い事やってくれよ。ところで、マチルダはどうなった?」

「そうですね……体の傷は大分良くなりましたが、心の傷がまだ……」

「“まだ”って言われてもな……行けないなら置いて行くしかねぇぜ」

「それをアーサーと話したいのですが、アーサーが応答してくれなくて」


 と、話をしていたところ、バリズの部屋の扉が叩かれた。


「バリズ、いるか? アーサーだが」


 話をしていたところにアーサーがきた。

 私は咄嗟に「いることは秘密にしてくれ」とバリズに言って、ベッドの下の隙間に隠れた。

 これは、私の勘のようなものだ。なんとなく、隠れた方が良いと判断した。

 何が何だか分からないような顔をバリズはしていたが、私が隠れ終わるとアーサーを部屋へ招き入れた。


「どうしたアーサー。もめ事は方が付いたのか? まぁ入って飯でも食えよ」

「ありがとう。その件で話をしておかないといけないと思って」


 私はそのまま息を潜めて会話を聞くことにした。



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