第40話 1才の天才




 ――生まれてすぐ……?


 生まれてすぐとは、どういうことだ。

 私はそのマチルダの言葉に戸惑いを隠せない。


「生まれてすぐとは、何才くらいの話なのですか?」

「信じられないでしょうけど……1才のときらしいわ」


 ――1才!?


 いくら天才的なアーサーと言っても、そんな幼子が人間と魔族の歴史について詳しく知っているとは思えない。

 何故魔王を倒すと言い出したのか。


 ――1才にして魔王が人間を奴隷にするという情報を持っていたのか?


 いやいや、そんな訳がない。

 仮に19年前にその情報があったとして、今までの19年間何もなかったではないか。

 魔王側も、人間側も何も問題なかった。大きな動きはなかったし、むしろ過激派魔族は最近姿を見せなくなったくらいだ。


「1才で魔王が人間を奴隷にしようとしている等という複雑な事が分かるわけがないと思いますが……」

「そうなの……でも、魔王を倒そうと言い出したのが1才だっていうのは本当らしいわ」

「…………」


 そうすると、アーサーが魔王を倒す目的がますます分からない。

 魔族と人間が戦争をしている時代ならいざ知らず。いや、仮に魔族と人間が争っていた頃であったとしても1才でそんな世界事情が分かるはずがない。

 アーサーは生まれながらに天才と言われているらしいが、1才で魔王の脅威が分かるというのか。


 ――アーサーと親しいものが魔族に殺されたとか?


 そんなことはありえないはずだ。

 ここ最近は魔族が人間を襲ったり、まして貴族は王都にいて魔族は近づかない。

 それにクロス家の家族は皆健在。両親、兄弟、姉妹、訃報を聞いたことはなかった。

 アーサーには親しい友人がいるとは聞いたことがないが……1才で親しい友人も何もないと思うのだが。


「その頃のアーサーに親しい友人がいたとか、そんな話は聞いたことはありませんか? その頃魔族絡みで何かトラブルがあったり……」

「その頃って……1才の頃のこと?」

「とても考えにくいですが……クロス家で魔族と何かあったとか……」

「うーん……私も貴族の出だし、クロス家とは好意にしてたけど……身内に大きな不幸があったとか、聞いたことはないわ。それに、クロス家に魔族絡みで何かあったら大問題になっているはずよ」


 それもそうだ。

 王家に通じる貴族のクロス家に何かあれば、例えレオニスのような田舎でもその話が届かぬはずがない。


「………………」


 ますます目的が分からなくなってきた。


 ――このまま魔王打倒の旅を続けていいのだろうか……


「分かりませんね……何にしても、アーサーに直接聞いても教えてはくれないでしょうし……」

「うん……でも、なんでユフェルはアーサーの違和感について聞いてきたの?」

「…………」


 アーサーの豹変について、マチルダに話しても大丈夫だろうか。

 マチルダも知らない事柄であったら、知らないままの方が良いはずだ。まして、今でさえ怖がっているマチルダを更に怯えさせ、傷つけることになってしまいかねない。


「なんだか、最近アーサーの様子がおかしいような気がしまして……マチルダがこうして入院しているのに、面会にも来ませんし」

「…………」


 アーサーが仕組んだことなのであれば、面会に来なくて当然だ。

 それに、マチルダもアーサーに会いたいなどと一言も言わない。もう一緒に旅ができないかもしれないとすら言っている。


「アーサーに会いたくないなら、私が間に入りましょう」

「…………私は……こんなことを言うと変に思われると思うけど……っ」


 急に声が上ずって、言いづらそうにもマチルダは話を続ける。


「それでも……アーサーと旅を続けたいのっ……」


 カーテン越しで涙は見えなかったが、涙ながらにマチルダはそう訴えた。

 何故なのか聞いても、きっと私の理解を超える何かがあるのだろう。


「それは……脅されているからではないのですよね?」

「違うっ……そうじゃないの……脅されてないわ……私がそうしたいの」


 脅されていないのなら、私が口を挟むことではない。

 マチルダの意思があるのなら、それに口出しをするまい。


「なら、私はそのようにアーサーとの間に入りますよ。余計なことは言いませんから」

「……ありがとう……ユフェルは優しいのね」

「職業柄……とでも言うのですかね。口は堅いので、安心してください」

「分かったわ。本当にありがとう……ごめんなさい。ちょっと疲れちゃった。もう休むわ。ユフェルも無理せず休んでね」

「分かりました。おやすみなさい」


 マチルダが布団を被った音が聞こえた。

 それと同時に、すすり泣くような押し殺した声が聞こえた。私に聞こえないように声を殺しているつもりだろうが、聞こえてしまう。

 それを聞いて私は胸が苦しくなった。


 ――何故、マチルダにこのような事をしたのか……


 アーサー、マチルダが貴方に何か悪いことをしたのか?

 アーサー、“飽きてきた”とはどういう意味なのか?

 アーサー、本当の貴方はどちらなのか?


 アーサー


 事と次第によっては、私は貴方を許さない。



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