第38話 意外な来客
所長に
しかし、アーサーの旅の共にそんな難癖をつけてはこないはずだ。アーサー本人を見逃すくらいなのだから。
それに、私が言ったことは「口外しない」という事と「お金は受け取れない」という事と「こんなことに血税を使ってはいけない」という事だけで、何も所長に都合の悪いことを言った覚えはない。
――だが……私に対して血税を使って黙らせようとしたことは事実
それが明るみになれば所長も立場が悪いはずだ。それに対して何かしてくる可能性は十分にある。
とはいえ、今は旅の道中。アーサーの手前何もしてこないとだろう。
しかし、所長はアーサーのあの変わりようを知っている様子だった
何故だろうか。
アーサーは王都の貴族。カースの町の警備兵と何か縁があったのだろうか。
色々考えることはあるが、マチルダが心配だったので、私は再度病院へと向かうべく走った。
***
病院に息を切らしながら走って戻ってきた。
いくら急いでいるからといっても病院の中で走るわけにはいかないので、歩いて息を整えながらマチルダの病室へと向かう。
病室の前まで歩いている内に呼吸が整ったので、病室の扉を軽く叩き、マチルダに呼びかける。
「マチルダ、ユフェルです。今よろしいですか?」
「……どうぞ」
一先ずは返事があったことで私は
そこには意外な来客があった。
「ユフェル様、お疲れ様です」
そこにいたのはトムであった。
そして、身体や顔の傷が殆どなくなっているマチルダの姿がそこにあった。
顔の抜糸には数日かかると思っていたが、もう傷が十分に塞がって抜糸されている。それに、滅茶苦茶に切られていた髪も整えられていて、頭皮がむき出しになっていたところも少しばかり髪の毛が生えてきていた。
「トムさん、どうしてここに?」
「何やら町が騒々しいので、聞いてみたらマチルダ様が大変なことになられていると聞きまして。天使の治療魔法の補助になるものを持っていたので、マチルダ様に持ってきたのですよ」
「ありがとうございます。マチルダ、大分良くなりましたね」
「はい……」
それでも尚、マチルダは明るい表情は見せない。
「治療魔法の補助になるものってなんですか?」
「ユフェル様もよく知っているこちらです」
トムは鞄の中からキュアフルーツを取り出した。
「キュアフルーツですか?」
「そうです。天使の使う治療魔法は本人の回復能力を引き出す魔法ですから、本人に栄養補給をし、身体の回復の補助をすることで天使の魔法を助けるのです。それからこれも」
鞄から大きな卵を取り出す。
「それはえーと……パティバディバードの卵……」
「あとブラックゴートの肉もありますよ」
なんと、至れり尽くせりな食べ物だ。
高級食材をこんなに沢山。
病室の窓が少し開いており換気されていて気づかなかったが、使用済みと思われるフライパンがあった。
恐らく、この場でトムがマチルダに料理を作ってくれたのだろう。
「ちゃんと医師に食事面の確認はしましたよ。栄養補給をした後に天使の治療魔法を受けて、大分良くなりました。いやいや、髪の毛まで酷い有様で。髪の毛は私がある程度切って整えましたが、すっかり短くなってしまいましたね」
自分の髪の毛を恥じるようにマチルダは触った。
確かに短くなってしまっていたが、それでもバラバラに切られていた髪は綺麗に整えられて不自然さは殆どなかった。
「もう傷は塞がりましたし、すぐ退院できますよ」
それはいい知らせであったが、マチルダは退院と聞くと身体を振るわせて恐怖を露わにした。
私もつい先ほど別人のようなアーサーを見てきた。
マチルダはアーサーに会うのが怖いのだろう。
私も怖い。あんな豹変したアーサーを目の当たりにしたら、恐ろしいと思うのも無理はない。
ましてアーサーは屈指の魔法の使い手。敵に回したらと思うとゾッとするものがある。
「トムさん、少しいいですか?」
「?」
私は事情が分かっていないトムを病室の外に連れ出して話をすることにした。
とはいえ、正直に色々話してしまってはトムに迷惑がかかるので、最小限に誤魔化しながら話すことにした。
「トムさん、実は……アーサーとマチルダが喧嘩してしまっていて、同じ宿に戻るのは気まずいのですよ」
と、自分で言った後に誰でも見抜ける簡単な嘘だと自分で気づいた。
喧嘩の程度であんなに酷いことにはならない。
「えーと……あの傷はアーサーにされた訳ではなくて、アーサーの追いかけの女性たちにやられたらしいのですが」
「そうでしょうね。あんなに顔を
「それに、まだ逃げ回ってる女性の方もいるようなので、まだ病院の中の方が安全かと思います」
「なるほど……では警備兵を配置した方が良いかも知れませんね」
警備兵と聞いて、思わず私は顔をしかめた。
「私が病院に泊まりますよ。宿にいるバリズにそう話してもらえませんか?」
「…………」
トムが少しばかり
「本当にいつも何から何まで……本当にご迷惑をおかけします」
「いえいえ。また私から何か買っていただければ」
「情けない話ですが……この前スラムへ物資を買うのに個人的なお金を全額使ってしまいました……」
「全額ですか! はははははは! 無茶をしなさる方ですね」
笑っているトムを見ると、私は恥ずかしくなって顔を背けた。
「また働いてお金を作りますので」
「はっはっは、出世払いでも結構ですよ」
「そんな! トムさんの負担になってしまいますし、出世払いできるかどうかも分かりませんし、これ以上迷惑をかけられませんよ。マチルダの件も至れり尽くせり高価な食材を使っていただいて……」
「いいんですよ。困ったときは助け合いですから」
私がトムを助けた事など、今まで一度もない。トムはしっかり者だ。仕事をしながら私たちの旅に同行してくれている。
顔も広いし、心も広い。
そんなトムを私が助ける日はくるのだろうか。
「……なら、トムさんが困ったときは必ず私が助けますから。困ったときはいつでも言ってください」
お金を持っていない以上、私はそう言うしかなかった。
トムが困る事なんて早々ないと思うのだが。
「それはありがたいお話です。そのときはよろしくお願いします」
トムは笑顔で私にそう言ってくれた。
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