第36話 袖の下




 警備兵の建屋がどこなのか分からなかったので、病院の受付に聞いてみた。

 病院から徒歩で20分くらいの場所らしいので、そこに向かい始める。


 病院の受付で聞かずとも、カースの町では多くの警備兵がバタバタと走り回っており、「女はあっちに逃げた」とか「女をかくまってるやつも同罪だ」とか、そんな言葉が飛び交っていて、警備兵が何人も来た方向に建屋があった。


 ――逃げている女性たちが町に潜伏しているのか……マチルダは病院だけど、大丈夫だろうか


 痛めつける目的の傷も多かったが、殺意の見える腹部への刺し傷もあった。

 今でも命を狙われている可能性も十分ある。

 しかし、マチルダもアーサーの旅の共に選ばれた魔法使い。魔族に襲われたと言っていたときも無傷であった。

 町の女性たちに魔法を向けるのは躊躇ためらうことだろうが、それでもあんなに派手にやられるものだろうか。


 忙しそうに走っている警備兵に話しかけるのは気が引けたが、アーサーのいる場所を聞いてみると「所長室にいるらしい」と言っていた。


 ――まだ取り調べが終わってないのか? しかし、所長が取り調べというのもやけに大袈裟だな


 警備建屋につくと、中に入り切らないのか、女性たちは警備兵に拘束された状態で外に何人かいた。彼女らは「アーサー様に会わせて!」とか「アーサー様助けて!」とか、おおむねそんな言葉ばかりだった。


「アーサーの旅に同行しているユフェルと申します。アーサーがまだここにいると聞いて来ました。会わせていただけますか?」


 警備兵に自分の身分を話すと、私の顔を見てすぐ分かってくれた。


「かしこまりました。こちらにどうぞ」


 物々しい建物の中を私は先導されるまま進んでいった。

 そして、上階の所長室へと案内される。


 コンコンコン。


「所長、アーサー様のお連れ様のユフェル様がお見えになりました」

「入れ」


 扉を開けると所長とアーサーがそこにいた。

 アーサーは椅子に座って顔を下に向けている。私はアーサーに呼びかけようとしたが「お疲れで眠っていますので」と所長に止められた。


「アーサー様は今しがた取り調べが終わって、そのまま眠ってしまいました。夜通しの騒ぎでしたから、お疲れなのでしょうね」


 マチルダはアーサーに自分の名前を出さないで欲しいと言ったが、眠っている今ならこっそり所長に事情を聞けると考えた。


「所長、マチルダが重傷で病院にいますが、何があったのですか?」

「えー……それは御察しの通りかと思いますが、アーサー様の追っかけ……というのでしょうか、その女性たちが数日前からカースの町に滞在しておりましてね。簡単に言うと今回の騒動はアーサー様の取り合いですよ。アーサー様は説得していたらしいですが、説得に応じるような女性たちでもなく、止めきれずにマチルダ様が襲われたと聞きました」


 所長はアーサーの指示でマチルダが襲われたとは言わなかった。

 しかし、病室に来た2人組はアーサーがマチルダを他の女性に襲わせたとはっきり言っていた。

 それについて私は案内の人が去ったことを確認しつつ、アーサーが仮に起きていても聞こえない程度の小声で所長に確認する。


「アーサーが女性を仕向けてマチルダを襲わせたって、貴方の部下に聞きましたよ」

「何……!?」


 どうやら演技ではなく、私の言葉に本当に所長は驚いている様子だった。

 私にとっても予想外の反応だったので、どうそれを収めていいか分からなかった。もしかしたらその情報は途中で止まって所長まで届いていないのかもしれない。


「誰がそんなことを言ったんですか?」


 誰と言われても、彼らには申し訳ないが、特徴のない2人だったので何とも説明できない。

 どこにでもいそうな、警備の制服を着ている2人組だった。顔を見れば思い出すかもしれないが、特徴は説明できない。


「マチルダのいる病院に来た2人です。名前は分かりません。大変失礼ですが特記するような特徴はない男性2人でした」

「……ふむ……」


 所長は考えている様子だったが、明確にそれが誰なのか分からない様子。


「それが誰なのか調べておきましょう。しかし、そんな報告は聞いておりません。それが本当であれば大混乱を招くので、慎重に調査します。他言無用でお願いしますよ」


 そう言って、所長は小袋を渡してきた。


「これは?」


 小袋の中身を見ると、大量のゴールドが入っていた。詳しい金額は分からないが、50万ゴールドはあるだろう。

 何故お金を渡されたのか私は分からなかった。

 私がそのゴールドが何を意味しているのか分かっていないのを見た所長は、こう言った。


「ユフェル様、それはほんのお気持ちですよ。黙っていていただく対価です」

「こんなものをもらわなくても、私は口外したりしませんよ!」

「しーっ……お静かに。万に一つも間違いがあってはいけないのですよ。いいのです。旅の資金にしてください。我々からの寄付金です」

「しかし……」

「まぁまぁ、きちんと調査いたしますから。それまで混乱しないようにしていただきたいだけです。アーサー様が目を覚ましましたら宿へ送りますよ」


 と、私は丸め込まれて何と言って良いか迷っているうちに所長室から出され、そして「出口まで見送りを」と外にいた警備兵に見送られるまま警備建屋からも出されてしまった。


「…………」


 言いたいことはあったが、お金を持たされた手前、騒ぎを起こすわけにもいかない。

 それに、こんなお金をもらったことを知られたら所長の立場もあるので、その辺りの警備兵に返す訳にもいかないし、正直に言うと困った。


 ――強引に渡されてしまったが……こんな大金どうしたらいいのか……


 これはもらってはいけないお金のような気がして、どうにかしてこのお金を返却したかった。

 フレイジャに罪の意識が高位天使に咎められると言われた。

 だとすれば、私にとってこのお金は咎めの原因になってしまう。


 ――駄目だ。きっぱりと断って所長に返して来なければ


 私は5分程考えていたが、再び警備建屋の所長室へと向かった。



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