第34話 乱心のマチルダ




 カースの町でも高位魔族の天使が病院にきていた。

 フレイジャとはまた違い、橙色の髪と明るい性格が印象的な天使だった。


「女の子の顔が滅茶苦茶! 大変! すぐ治しますね!」


 天使が魔法を展開すると、マチルダの身体の傷は驚くべき速度で治っていった。


 ――驚いた。こんな高度な治療技術があるなんて


 とはいえ、傷が全て塞がった訳ではなく、ある程度まで治った。マカバイの町でも見たが、これは医療魔法の革命だと感じる。

 パンデモニウムで、もしこの魔法を教えてもらえたら教えを乞いたい。


「体力的にここまでが限界ですねー! 貴方、お連れの方?」

「は、はい」


 急に話しかけられたので驚いて声が上ずってしまった。


「何があったかは知りませんけど、結構酷い目に遭ったみたいなのでメンタルケアお願いします! 女の子は顔のこと気にしますからね! それに髪の毛もめちゃくちゃ! それにこの防御創も! 私、忙しいので後はよろしくお願いします!」


 慌ただしく元気な天使は部屋から出て行った。


 ――フレイジャみたいな大人しい天使が一般の天使象かと思っていたけど、そういう訳でもないんだな……


 そんなことよりも、目の前のマチルダの方に注意を向ける。

 天使の魔法を受けた後は、傷を受けてから5日間経ったくらいの傷の状態だった。まだ傷は塞がり切っていないが、かなり回復したと言える。

 もう少し回復出来たらすぐに抜糸できそうだ。


 ――体力的にここまでと言っていたけど、本人の潜在的な治癒能力を引き出して治すようなイメージか……


 なんとなく理屈は分かるが、どうしたらいいかは分からない。

 私に今できることは、傷の手当ではなくマチルダのメンタルケアだ。恐ろしい体験をして、目覚めて自分の姿をみたら正気でいられなくなってしまうかもしれない。


「マチルダ……」


 呼びかけてもマチルダは起きなかった。

 意識は戻ってほしいが、自分の姿を見たら相当ショックを受けるかもしれない。


 ――念のため、部屋の鏡は外しておこう


 部屋の洗面台に大きな鏡があったが、壁にかけてあるだけだったのでそれを外して見えないところへ隠しておいた。

 硝子がらすの反射もしないようにカーテンを引いておいた。


 ――一先ずはこれで……顔は見えないと思うけど……


 私はマチルダのベッドの隣の椅子に座って、マチルダの傷だらけの顔を見つめた。

 それを見ていて色々なことが頭の中を巡る。


 マチルダは置いて行った方が良いのだろうか。

 しかし、この町にいた方がマチルダにとっては危険だろうか。

 アーサーは無事なのだろうか。

 捜しに行ったバリズはアーサーを見つけることができただろうか。

 私に他にできることはあるか。


 色々考えるが、先ほどの天使が言っていたように、マチルダが目覚めた時に事情を聞いたり落ち着かせなければならないだろう。

 それが今の私の役目だ。


 ――今はバリズに任せよう


 私は、マチルダが目覚めるまで隣の椅子に座って待った。




 ***




「きゃぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 私がいつの間にか座ったまま眠ってしまっていたところ、マチルダのけたたましい叫び声で私は目を覚ました。

 病院中に響き渡るかと思う程の絶叫であった。


「マチルダ! 大丈夫ですか!?」

「いやぁああああああああああああああ!!!」


 自分の髪や頭、顔、身体を触ってマチルダは涙を流しながら、叫んで暴れて始めた。

 腕についている点滴の針が血管を突き抜けてしまうかもしれないので、私はマチルダが暴れないように針の刺さっている腕を抑えた。


「マチルダ! 大丈夫です! 落ち着いてください!」

「うっ……うあぁああああ……っ……」


 駄目だ。

 到底何か聞き出せる状況ではない。

 余程恐ろしいことがあったのだろう。かなりの動揺がうかがえる。


「マチルダ、私です! ユフェルです。ここは安全です。落ち着いてください! 傷が開いてしまいますよ!」


 暫くマチルダは抵抗していたが、私が必死に言葉をかけ続けると、やがて大人しくなった。

 息を荒げて自分の髪を掴んで泣いている。

 泣きやむまで私は待つ以外にできなかった。

 時折「ゆっくりでいいですから」「待ってますから」と声をかけながら、マチルダが落ち着くまで私は待った。


「…………」


 私が待っていると、そんなことは他所よそに、病室に警備兵たちが確認もなしに入って来た。

 2人組で、警備兵が着ている制服を着ているので、警備の人だとすぐ分かった。


「失礼しますよ。何やら大事件があったらしいですが……」

「待ってください。まだ彼女は動揺しています。事情を聞けるような状態ではないです。もう少し待ってもらえませんか? 目覚めたばかりなんです」


 庇うように私がそう言うと、警備の2人は「すぐですから」と強引に押し切られた。


「まぁ……何も色々詮索しようとはしませんよ。目撃者が複数名いましたのでね。一応形だけ被害者に簡単な質問をしようと思いまして」

「…………」


 マチルダはまだ泣いている。

 こんな状態で質問に答えられるのだろうか。


 私が心配している中、警備の人は私の想像が及ばないような信じられないことを言った。


「アーサー様が他の女性に貴女を襲わせたと聞きましたが、それで合っていますか?」


 ――え……?



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