第33話 恋の病




「そんな、女性があんな酷いことをする訳がありません」


 私がバリズの意外な発言に驚いて、そんな訳はないと言うとバリズは「おいおい……」とバリズは呆れたように首を左右に振った。


「女ってのは男の事になると怖ぇんだよ」

「?」

「あー……なんつーか、簡単に言うと嫉妬?」

「嫉妬って……ヤキモチってことですか?」

「ヤキモチってお前、そんな可愛いもんじゃねぇだろうよ……」

「???」


 言っている意味がよく分からなかったので、バリズの話の続きを待った。

 私が女性経験がないから分からないのだろう。バリズは良く知っている様子なので私は真剣にバリズの話を聞いた。


「いいかユフェル。お前はまだ怖い女に会ったことがないから分からないだけで、特定の女っていうのは男の取り合いになったりすると途端に凶暴化するんだ」

「きょ……凶暴化ですか」

「そうだ。まぁ、男も女の取り合いで凶暴化したりするけど、女は男の比じゃねぇ」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんな男女差別をするようなことを言ってはいけませんよ」


 私が辺りを見渡しながら人の目がないことを確認する。

 そんな女性蔑視をするような発言を堂々としては不味い。バリズもそれは分かっているはずだ。それでもバリズは前言撤回をしない。


「でも事実はそうだ。ユフェルは王都の風俗街に行かなかったのか?」

「フウゾクガイってなんですか?」

「そこからかよ……風俗ってのは……男女の性欲を満たす商売の事だよ。色恋沙汰の絶えない街さ」

「そ、そんなふしだらな商売があるのですか……!?」


 ――性欲を満たす商売!?


 そんなふしだらな商売があるなんて、私は知らなかった。

 しかし、それとマチルダのこれとどう関係があるのだろうか。


「お前、どんだけ田舎暮らし謳歌おうかしてるんだよ……風俗知らないって、温室育ちにも程があるだろ」

「すみません。レオニスから殆ど出ない生活をしていたもので……」


 どれだけ田舎なんだよ……と、言わんばかりであったが、バリズは言及せずに元の話を続けた。


「……まぁ、とにかく、色恋が絡んでくると1人の男女を取り合いになって争いになるんだよ。マチルダはアーサーに選ばれた女だろ? だからだよ。アーサーと結婚したいって……アーサーに選ばれたいって女は他にゴマンといるんだ。しかも処罰のことも無視してここまで追いかけてくるようなイカレた女どもだぜ。嫉妬でやられたって可能性は十分あるだろ」


 そんなに凶暴な女性がいるとは知らず、私はただただ驚くばかりだった。

 しかし、嫉妬で凶暴化した女性が犯人なのであれば、執拗にマチルダの容姿を傷つけるようなあの傷にも納得がいく。

 腹部の傷は殺意が見えたが、髪の毛や顔の傷は痛めつけられた証拠……。


「なんとなく分かりましたが、そうするとアーサーは無事なのでしょうか」

「あー……アーサーは最悪殺されてるかもな」

「え!? なんで殺すんですか!?」


 何故アーサーを取り合っているのに、アーサー本人を殺してしまうという発想に至るのか、私は全く分からなかった。

 だが、そんな私を見て、バリズはポンポンと私の肩を軽く叩きながらこう説いた。


「…………ユフェル、お前はそういう汚い部分が見えないままでいい。王都に戻っても風俗街は行くなよ。お前みたいな純朴な奴が、骨の髄まで搾り取られる羽目になるからな」


 ――骨の髄まで搾り取られる……?


 色々バリズに聞きたいことはあったが、話を打ち切り立ち上がってバリズは外に向かって歩き出した。


「俺はアーサー探してくるから、ユフェルはマチルダの様子を見ててくれ」

「バリズは……刺されたりしませんか?」

「俺は男だから刺されねぇよ」


 良く分からない。

 良く分からないが、バリズがそう言うのならそうなのだろう。

 私はマチルダの意識が回復して、安定したら何があったか話を聞こう。


 ――アーサーがバリズの言う通り、殺されていたらどうしよう……


 マチルダがあんなに酷い状態だったのだから、アーサーはもっと酷い状態で発見されるかもしれない。

 国名を受けて旅に出た貴族のアーサーが殺されたなんてことになったら、国民全員が大パニックになってしまう。

 それこそ、原因が人間の女性であったとしても「魔族の差し金で殺された」などと噂が立てば戦争にも発展しかねない。


 ――無事でいてくれ、アーサー……!


 私はただ、頭を抱えてマチルダの処置が終わるまで待つしかなかった。




 ***




 マチルダが運び込まれてから、2時間くらい経過した頃にやっと処置が終わったらしい。

 処置室から出ててきたマチルダの傷は痛々しく、かなりの箇所が縫われている。


「お連れの方ですか?」


 中から出てきた初老の医師が私に話しかけてきた。


「はい。そうですが……」

「できるだけ傷痕が目立たなくなるように縫いましたが、それでも多少の傷は残ると思いますよ」

「…………」


 傷痕の縫い目は綺麗だった。今は糸がしっかり見えるのでかなり痛々しいが、抜糸をして半年も経てばある程度目立たなくなるだろう。


「明らかに事件ですので、警備には連絡しておきました。事情聴取されると思います」

「分かりました……」


 私は酷い有様のマチルダを見て、事情聴取などの事はあまり気にならなかった。

 今はマチルダの精神状態と傷の状態が心配だ。


「……………」


 医師はそんな私を誘導し、「こちらへ」と別室へと移動した。

 2人きりになったところで、医師は話し始める。


「貴方、勇者ご一行のユフェル様ですね? 怪我をしていた方はマチルダ様で合っていますか?」

「はい、そうですが……」

「……旅を妨げるような行為はしないようにと王都から通達されています。事情聴取と言っても形式だけのものですから、マチルダ様が歩けるくらいになったら、早めにカースの町を出て行った方が良いですよ」


 先ほどのマチルダの様子を見るに、歩けるようになるまでは暫くかかりそうだ。

 早めにと言われても回復するのに一週間以上はかかるだろう。


「あの様子を見ると、暫くマチルダは歩けそうにないですが」

「もう少ししたら高位魔族がきます。そうしたらすぐに歩けるようになりますよ。見たところマチルダ様は恐らく、アーサー様を追いかけてきた女性たちにやられたのでしょうね……彼女たちは警備に全員突き出せば旅に支障は出ないと思いますし、話がややこしくなる前にこの町を出た方が良いです」


 私もバリズも何も話していないのに、医師は色々事情を知っている様子だった。

 少しでも何か知っているなら教えて欲しいと思ったので、素直に医師に聞いてみた。


「マチルダを襲ったという女性たちの事を、何か知っていたら教えてください」

「何か知っていると言われましても……まぁ、わずらっているのでしょうね」

「患っているとは、最近各地で流行っている奇病関係でしょうか」


 私の質問が余程的外れだったのか、医師は少し笑って返事をした。


「ははは、違いますよ。昔からある病です」

「というと、病名はなんですか?」

「病名ですか……まぁ、“恋の病”とでも言うのでしょうかね。専門外なので治療するすべは分かりませんが」


 ここにきて、古来からの不治の病――――恋の病が立ちはだかろうとは思わなかった。



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