第32話 血痕




 宿に入って、自分の部屋に荷物を置いた。

 私はバリズの病状の様子を見る為に、バリズの荷物を運びながら部屋に入って、バリズには横になるように言う。


「体調はどうですか?」

「そんな一日二日で、すぐどうこうならないって。心配性だなユフェルは」

「痛みがあったら言ってくださいね。痛み止めは持ってますから」

「痛みはねぇんだよな。だるいっつーか、やる気が出ないっつーか……」


 あれだけ元気だったバリズがあまり元気がないのを見ると、心苦しい。

 定期的にバリズに食事を持ってくれば、バリズが倒れたままになることもないだろう。何が原因かは分からないが、栄養のある物を調達してこなければならない。


「明日、商店街に出て色々食べ物を買ってきますから」

「今日はなんとかバードの卵料理だろ? トムといると色んなもんが食えていいな」

「私も初めて食べるものばかりです。色々な人と出会えて、勉強にもなりますし、思い切って旅に出て良かった」


 そう言えば、スラムに物資を送ってもらったが届いただろうか。

 私も手持ちのお金をまた何とかして稼ぎたい。それに、町の中で働くことで見えてくるものもある。

 日雇いの僧侶など大したお金になる訳ではないが、何か役に立てるなら明日仕事を探してこよう。


「明日、仕事を探してきます。働いてきた分のお金で、もっと栄養をつけられる食料を買ってきますから」

「おいおい、自分が働いた分は自分の為に使えよ」

「私がバリズに元気になってもらいたいからそうするのですから、これは自分の為ですよ」

「そうじゃなくて……」

「それに、私は旅のサポート役として同行している僧侶ですから。体調管理は私に任せてもらいますよ」


 私が頑なにバリズに対してそう言うと、ガリガリと自分の頭を掻きながら「仕方ねぇなぁ」と了承する。


「アーサーがまた暫く町から出ようとしないでしょうから、十分療養ができますよ」

「そうなるか? 女に追い立てられて、すぐに出るとか言い始めなければ良いけどな」

「追いかけられてる状態で町を出るのは不味いですよ」


 彼女たちには申し訳ないが、国王が禁じたことをしている女性たちだ。警備に引き渡せば全員が王都へ送り返されるだろう。

 そうなれば重い刑を受けるかもしれないが、国王の最優先は魔王の討伐。

 女性たちに気を配っていては旅を進めることはできない。


 ――アーサーならうまく解決してくれるだろう。女性の扱いにも慣れていそうだし


 と、私が考えているところ、扉を叩く音がした。


「バリズ様、卵を仕入れて来ましたよ。食事にしましょう」


 トムの声がしたので、私たちはパティバディバードの卵の料理の食事をすることにした。

 普通のニワトリの卵の10倍くらい大きな卵で、確かに栄養がありそうだった。ひとつの卵でいくつもの品を作ってもらえ、簡単な卵焼きから、デザートのプリンにいたるまで様々な料理が出てきて、非常に美味しかった。


 ――しかし……巨大な鳥から卵を盗って怒りを買ったりしないのだろうか


 こんな大きな卵を産むパティバディバードとは、一体どれほど大きな鳥なのだろうかと少し背筋が寒くなった。


 ――もし、相当大きな鳥で知能もあるなら、復讐してきたりしないのだろうか……


 そして、そんな大きな鳥からどうやって卵を盗ってきているのだろう。




 ***




 翌日、私は起きて町に出ようとしたところ、目を疑った。

 私の部屋の前に血痕の道ができていたからだ。


「!」


 その血痕の道を追っていくと、そこはマチルダの部屋であった。


「マチルダ……?」


 扉を叩いても部屋からは返事がなかった。返事はなかったものの、緊急性があると判断した私は思い切って扉を開けた。


「!」


 マチルダが負傷した状態で、固まりかけた血だまりの中に倒れていた。


「マチルダ! 大丈夫ですか!?」


 腹部に刺し傷2か所、1か所は深かったが内臓の損傷はなかった。幸い、血は止まっている。

 両腕に防御創と思われる切り傷が多数。

 金の長髪はバラバラに切られていたり、髪を強く引っ張られたのか頭皮が剥がれている部分もあった。

 顔は打撲、頬の骨折、切り刻まれたような傷が多数あり、顔だけでマチルダと判別するには困難な状態であった。

 服もボロボロで、千切れている部分もあるし切り取られている部分もある。殆どはだけてしまっていたので、部屋にあった布をマチルダにかける。


 ――酷い……誰がこんなことを……


 これは薬や軽い処置程度でどうにかなる問題ではなく、病院に連れて行くべきだと判断した。


 ――私1人ではマチルダを安静に運ぶことはできない。バリズに手伝ってもらおう


 まだ朝早かったのでバリズは寝ていたが、マチルダの状況を説明すると飛び起きて私と一緒に運んでくれた。

 とはいえ、カースの町の病院の位置が分からなかったので、宿の人に病院の位置を確認したところ、何やら緊急の連絡を手配してくれて病院関係者がこちらに来てくれた。


「すぐに運んで治療します」


 屈強な男性3名が現れて、太い棒に布がついているものを広げ、その上にマチルダをゆっくりと乗せた。

 そして2人が両端を持って持ち上げる。もう1人はマチルダの身体の負傷を確認して、運びながら紙に傷の状態などを記入していく。


「私も医療従事者の端くれです。同行します」

「俺は医療とは関係ないけど行くぜ!」


 そうしてマチルダはカースの町の大病院へと運ばれた。

 私とバリズは病院に同行したが、処置室の外で私たちは待たされることになり、状況を整理するべくバリズと話をしていた。


「誰があんな酷いことを……魔族に襲われたのだろうか」

「いや……多分あれは魔族の仕業じゃないぜ」

「心当たりが?」


 何か心当たりがありそうなバリズにそう尋ねると、頭の後ろに手を組みながら「うーん……」と唸る。

 言いづらそうにかりかりと頬を掻きながらこう言った。


「多分、アーサーを追いかけてきた女共だろうな」



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