第30話 高価な水




 ずっと警戒していたが、アーサーを狙ってくる魔族はいなかった。

 カースの町は更に魔族の領土に近づくことになるが、襲われたりしないだろうかと不安が残る。

 一方アーサーは特別何も気にしている様子はなかった。

 バリズは少しばかり調子が悪そうだったが、歩く分には問題はなさそうで安心した。


 トムはいつも通り前を行ってもらい、私たちはその後をついて行く。

 マカバイの町からカースの町へ行く道は、少々険しい。道らしい道はあるが、少し登り坂だ。辺りは森になっていて野生動物にも気をつけなければならない。


「休もう」


 毎度のことながら、アーサーはすぐに休みたがった。

 上り坂なのでこまめに休むのは仕方がない。


 ――それにしても、トムはあんなに荷物を持っているのに随分体力があるなぁ……


 川の近くを通るルートであった為、川で補給をして休むことにした。

 川の水が澄んでいて川底が見える。川沿いで魚でも釣ろうと思ったが、見たところこの辺りに魚はいなかった。


「ちょっと泳いでもいいかしら?」


 唐突にマチルダが服を脱ぎ、川に入っていったので私は目のやり場に困った。裸になる訳ではなかったが、限りなく下着姿に近い。

 アーサーはマチルダの泳いでいる上流で川から水をすくって水分補給していた。


 ――カースの町までまだ結構時間がかかりそうだな


 バリズは疲労がたまっているのか、大人しくしていて木陰で横になっていた。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、ちょっと腹減ったな……」


 あまり見せたくはなかったが、私は非情職として携帯していた燻製肉くんせいにくを鞄から取り出してバリズに差し出した。


「肉は助かる!」

「非常食なので、少しだけですよ」


 携帯用の水も持っていたので、バリズに水と肉を渡した。


「用意が良いな。流石ユフェル」

「長旅になりますからね」

「あー……癖なんだろうけど、敬語やめろって。他人行儀だぜ?」

「あ……ははは、ごめんなさい」


 私も水を汲もうと川の上流へ向かっていたところ、トムがアーサーの更に上流で休憩していた。

 せっかくなのでトムの近くで私は休むことにした。


「トムさん、足腰強いですね」

「ユフェル様お疲れ様です。商売柄ですからね」


 水を汲もうとしたところ、トムに「仕入れた新しい水の試飲をしていただけませんか?」と声をかけられた。


「新しい水ですか?」

「はい。最近は美味しい水が流行なんです。北の方の雪解け水が人気なんですよ」

「そんな高価そうな水、いただいていいんですか……?」

「ははははは、試飲ですよ。お客様に勧める前にユフェル様に評価していただきたくて。いい加減な物は売れないですからね」


 そう言って瓶一杯の雪解け水を渡された。

 高価な水なのだろうと私は意気込んで一口飲んでみると、レオニスでずっと井戸水よりも明らかに「美味しい」と感じた。

 水に不味いとか美味しいとか、そんなことは考えたこともなかったので驚きを隠せない。


「滅茶苦茶美味しいです! 水の革命ですね」

「はっはっは、水の革命ですか。その水は売れると思いますか?」

「確かに美味しいですが……値段によると思います。おいくらなんでしょうか?」

「1リットルで3000ゴールドくらいを考えていますが」


 ――1リットルで3000ゴールド!?


 いくら美味しいからと言っても、1リットルでその値段は物凄く高く感じる。


「これは貴族向けの商品なのでしょうか?」

「貴族の方は勿論、魔族の方にも受けが良いと思うのです。魔族は高級志向の方が多いので」

「なるほど……」


 魔族の給与形態がどのようなものかは分からないが、このくらい軽く買える程に賃金をもらっているのだろうか。


「その瓶の水は差し上げますよ。水が美味しいと料理も美味しいですから、試してみてください」

「高価な水をありがとうございます。私にできることがあれば、何でも言ってくださいね。大したことはできませんが、トムさんに恩返しがしたいのです」

「いえいえ、私はアーサー様たちと旅ができるだけで光栄ですよ。あ、そう言えば……マカバイの町で天使と仲良くなったようでしたので、天使族と取引をする手伝いをしていただけませんか? 紹介状もいただいたようですし、パンデモニウムでは天使族が結構な権力を持っておりますから、天使族とのパイプがあれば更に色々事業拡大ができると思います」

「なるほど……しかし、フレイジャがどのくらいの階級の天使か分からないですし、天使族は礼節を重んじる種族らしいので、あまり商売を前面に押し出してしまうと相手にしてもらえないような気がします」


 トムは「うーん……」と頭を抱えていた。


「そこなんですよ。天使族は気位が高いので、なかなか相手にしてもらえなくて……」

「分かりました。フレイジャにもらった紹介状と羽根を見せた時に、少しこの水を勧めてみます。さりげなく……」

「そうしてもらえると助かります」


 私はトムに一礼して、バリズに雪解け水を届けに行った。


「バリズ、トムさんからとても美味しい水をもらったんです。一口飲んでみてください」

「水ぅ? 水なんてどこも大した違いはないだろ」


 そう言って雪解け水を飲んだバリズは目を見開いてその水を見た。


「なんだこれ!? 本当に水か!?」

「そうです。1リットル3000ゴールドの高級な水なんです」

「3000ゴールド!? 冗談だろ!?」


 バリズが全部飲んでしまわないように、私はバリズからその水を回収した。


「貴族や魔族向けに売るらしいですよ」

「へぇ……トムのビジネス能力は相当なものだな。頼もしいぜ」


 私たちが談笑している中、アーサーは顔を洗ったり、水を飲んだりして休憩していた。


 このとき、アーサーはトムをうとましい目でいたことに、私は気づかなかった。



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