第28話 マカバイ旅立ちの前日




 マカバイの町に到着してから約4日。

 やっと次の目的地であるカースの町にアーサーが旅立つ気になったらしい。


 前日の夜にアーサーが私の部屋に来て「明後日に出る」と言った。

 私は久々に会ったアーサーに、フレイジャからパンデモニウムへの紹介状をもらった旨話した。


「これで私がパンデモニウムに入って、アーサーたちに物資を届けるということもできるかもしれません」

「それは心強い。是非お願いします」

「それにあたって作戦会議を――――」

「大丈夫です。元々の作戦がより上手くいくようになったというだけですから。よろしくお願いします」


 アーサーに軽く流されてしまった。

 私にとってはパンデモニウムへの紹介状をもらったことは誇らしいことであったが、アーサーにとっては大したことではないようだった。


 ――それもそうか……アーサーは貴族だし、入ろうと思えばパンデモニウムへ簡単に入れるか……


 私は、特別な何かを手に入れたのだととても嬉しかったが、舞い上がっていた自分が恥ずかしい。

 それに、パンデモニウムは親人間派の魔族の町だ。私は行ったことがなかったが、アーサーはあるのかもしれない。


 ――でも、今回はパンデモニウムを表立って通らないし、私がしっかりしなければ


 明後日に出るという事だったので、翌日にミュタとフレイジャに挨拶をしに行くことにした。

 ミュタは相変わらず路地裏にいて、バズズに食べ物をもらって食べていた。


「明日マカバイを出るから、また会いに来ますね」

「お兄ちゃん行っちゃうんだ……それじゃ、これあげる」


 ミュタはクッキーを私に差し出してきた。


「でも、ミュタの食べ物が……」

「私は大丈夫。バズズが食べ物くれるから。それもバズズがくれたの。でも、実はクッキー好きじゃないからバズズには内緒ね」

「そうですか……食べ物に困ったら町の人を頼ってくださいね」

「うん。分かった。またね、お兄ちゃん。お父さんとお母さんを治してくれるの待ってるからね」

「分かりました」


 その後にフレイジャに会いに行った。

 仕事中なのは分かっていたので、診察している合間に軽く挨拶をした程度だ。


「明日発ちます。紹介状ありがとうございました。色々忙しいところ教えてくださって、大変勉強になりました」

「いいえ。奇病の原因と治療方法を貴方が見つけることを願っています」

「はい。必ず見つけて見せます。また後日、ご挨拶に参ります」


 深くフレイジャに頭を下げて、仕事の邪魔にならないように早めに病院を出て、商店街にいるトムに話をしに行った。


「トムさん、明日出発します。遅くなってすみません」

「そうですか。分かりました。カースの町までは途中で川や湖がありますので、水には困らないでしょう」

「トムさんのお陰で色々助かりました。本当に助けてもらいっぱなしで……」

「ミュタさんは結局どうなったのですか?」

「紹介していただいた孤児院や色々提案してみたのですが、バズズと一緒にいられるあの路地裏から離れたくないようで……結局路地裏にいます……」


 私が暗い顔をしていると、トムはポンポンと私の肩を軽く叩いた。


「その人が望む場所にいるのが1番ですよ。本人もそれでなんとかなっているなら大丈夫だと思います。食事ができるというのがまず大事ですし。パンデモニウムで別れた後、私もミュタを気にかけます」

「ありがとうございます。それではまた、明日の朝に」


 粗方挨拶も終わったし、物資の調達も十分した。カースの町へのルートも万全だ。後は明日の出発を待つのみ。


 ――アーサーには会ったけど、マチルダとバリズには会っていないが……2人にもできれば会いたい


 特に夕食に頻繁に誘ってくるバリズが、全く誘ってこなくなった。

 それどころか、食事処でバリズを見たかどうか聞いてみても「見ていない」と言っていた。

 私はてっきり外出先で食事をとっているものかと思っていたが、そういう訳でもないらしい。


 ――あの食い気だけは人一倍のバリズがどうしたというのだろうか


 バリズの部屋の前に行き、扉を叩いて呼びかける。


「バリズ、いるか?」

「あぁ……いるぜ……」

「入って良いかな?」

「どうぞー……」


 声に覇気のないバリズの部屋の扉を開けて中を見ると、バリズはベッドでぐったりとしていた。

 私の方を頭だけでチラッと見て力なく手をひらひらと私に振って見せる。

 身体は以前見た時よりも随分痩せてしまっていた。


「よぉ……ユフェル」

「どうしたんですか!?」


 身体を魔法を展開して調べると、べリズはかなり衰弱している様だった。


「なんか食い物……腹減った……」

「ずっと食べてないんですか!?」


 ――あんなに食い意地の張っているバリズが何故……


「身体に痛みはありますか?」

「ない……でもなんかだるくて動けない……」


 感冒かんぼうだろうか。

 バリズの口を開けて喉の腫れを見たり、額に手を当てて熱を計ったりしてみるが、どうにもそういう訳ではないらしい。


「いつからですか?」

「分かんねぇ……最近だけど……」


 暫く食事をとっていないなら、まず消化にいいものがいいと思った。しかし、私がすぐ出せるのは燻製肉くんせいにく

 それを少し煮て柔らかくし、スープにして出せば食べられるだろうか。


「少し待っていてください。食べ物を持ってきます」


 バリズに秘密にしていた非常食を簡単に調理し、バリズの部屋に持って行って食べさせた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る