第27話 マカバイの町での情報収集
宿に戻ってアーサーの部屋を真っ先に尋ねた。
アーサーの部屋の扉を何度か叩いて声をかける。
「アーサー、私です。ユフェルです。今、少し時間とれますか?」
興奮気味に私がそう言うと、中から遅れて返事が聞こえた。
「今、取り込み中だから、後で聞くよ」
心なしか具合の悪そうな声が聞こえる。何か、息が上がっているような声だった。
「……? 具合でも悪いんですか?」
「少し……疲れているんだ。休ませてくれ。大丈夫だから」
「分かりました。都合が付いたら私の部屋まで来てください」
アーサーの都合が悪いならバリズに言ってみようと考え、私はバリズの部屋に向かった。
「バリズ、今少しいいですか?」
部屋の前でそう呼びかけてみるが、バリズからは返事がなかった。
不在なのだろうと私は諦め、大人しく自分の部屋に戻った。
もう夜だ。バリズは夕食でも食べに外に出たのだろう。
――早くパンデモニウムに行きたいけど、間にカースとパリテドに行くのが安全ルート。パンデモニウムは逃げない。大丈夫だ
紹介状に日付が書いてあるが、パンデモニウムに到着するまでに何年もかかる訳もない。
この紹介状の有効期限がいつまであるのか分からないが、あるいは私が先にパンデモニウムに行ってこの紹介状を見せて通行証を発行してもらってもいい。
――いや、パンデモニウムに私一人で行っても仕方ない。落ち着け、興奮して平静を失っているだけだ。落ち着け、落ち着け……
この胸いっぱいに広がる暖かい感情が私の平静さを奪う。
昔、両親にこう言われた。
――過去――――――――――――
「優しい世の中を作るには、まず自分が優しくならないと駄目なのよ」
「どんな悪党も、好きでそうなった訳じゃない。優しくすれば、必ず優しさを返してくれる。諦めてはいけないよ。小さなことでも、いずれ大きな事となって返ってくるから」
「そうよ。悪いことも同じ。悪いことも最初は小さなことでも、いずれ大きな代償を支払うことになる」
「ユフェルは大丈夫だよな」
「当然よ。私たちの子供だもの」
――現在――――――――――――
両親のその言葉に偽りはなかったのだと私は信じている。
私はフレイジャにもらった紹介状と羽根を失くさないように、鞄の薬などの重要なものと一緒にしまった。
――ミュタは大丈夫だろうか
私が必ず原因と治療方法を見つけて治す。手後れなんかじゃない。「他の誰かがなんとかする」ではなく、絶対に私がなんとかするのだ。
そう決意してその夜は眠った。
***
アーサーがカースの町に出ると言うまで案の定時間がかかったので、私はミュタの骨折の状態を診たり、フレイジャに時折会いに行ったり、トムから色々仕入れたり、町を見て回ったりして過ごした。
紹介状をもらったことを話したかったが、アーサーたちになかなか会えなかった。
部屋に行っても断られたり、いなかったりしてなかなか話せなかった。
――こんな旅でいいのだろうか
そう思わない訳ではなかったが、すぐに町を出ていたらミュタにも会わなかったし、フレイジャにも会わなかっただろう。
何事も前向きに捉えて行こうと思う。
「ミュタ、身体の調子はどうですか?」
「よくわかんない!」
「そ、そうですか……」
本人は痛がる素振りはないが、やはりその原因は分からなかった。
「“痛い”って感覚は分かりますか?」
「分かるよ!」
「今は痛くないんですよね? いつ頃から痛くないんですか?」
「ん? んー……結構前から」
「えーと……何歳の頃からか分かりますか?」
「今何才かわかんない!」
――駄目だ……両親も気絶していて正確な情報が得られないし、家も分からないし、ミュタの痛覚がなくなったのがいつ頃なのか分からない
先天性ではなく後天性のものだということは分かったが、それがいつ頃なのかは定かではなかった。
しかし、この酷い骨折で痛覚がないのは幸いだ。
両親の方を診に行ってみても、強い鎮痛剤を処方されているからか意識が混濁していてまともに話せないか、あるいは鎮痛剤が切れているときは痛みで話ができないという状況だった。
――フレイジャに色々聞いても個人情報だと教えてくれないし。それは仕方ないけど……
フレイジャは魔族の医療技術は教えてくれなかったが、これから行く他の町の情報や天使族の事を教えてくれた。
「パンデモニウムでは中位の天使がいます。天使は人間にも比較的友好的な方ですが、敬意を払うべき相手と認めなければ相手にされないでしょう」
「失礼のないようにします」
「失礼がないのは当然です。天使は何より潔白な者を好みます。誠実に接するのが良いでしょう。嘘をついてもすぐ分かりますので」
「分かりました」
他にも、天使は白いものを好むとか、鳥類を保護する活動をしているとか、色々細かい情報を教えてくれた。
何が役に立つか分からないので、私はフレイジャの情報を紙にメモを取って書き留めた。
「僧侶の仕事をしている貴方なら、中位の天使に邪見にはされないでしょう」
「分かりました。高位の天使はどんな感じなのですか?」
私が高位の天使について尋ねると、フレイジャは複雑そうな表情をした。
「そうですね……高位の天使は……想像を絶する存在と言いますか……説明しづらいですが、完全に潔白でなければその姿を見る事もできません」
「見ることも……ですか?」
「高位天使に咎めを受ければ、見る影もなく消されるでしょう。高位天使の咎めは絶対です。誰しも、心の内には闇があるものですが、その僅かな闇も高位天使は許さない。その闇を見透かし、咎め、抹消する。そういう存在です」
――できれば会いたくないな……
私は後ろ暗いことは何もしていないと思うのだが、高位天使の考えは私には分からないので、一瞬で消されるかもしれない。
できれば会いたくない存在だ。しかし、魔王城に近づくにあたって避けられない存在かも知れない。
もし会うことがあったら誠実に対応しなければ。
「そう驚かないでください。大袈裟に言いましたが、高位の天使もそれほど理不尽な存在ではありません。ただ、高位の天使が1番嫌うのは悪魔族です。悪魔族と何かしらの接点があれば、高位の天使は絶対に貴方を受け入れないと思います」
天使族と悪魔族の仲が悪いというのは、田舎者で世間知らずの私も流石に知っている。
昔から仲が悪いというのは人間の間でも有名な話だ。
「仲が悪いという話は聞いていますが……幸い、私は悪魔族の方の知り合いはいませんよ」
「高位の天使は悪魔族特有の匂い……のようなものに敏感です。ただ、貴方が悪魔族とすれ違ったというだけで嫌われてしまうでしょう」
「そう言われましても……」
悪魔族とすれ違っただけで駄目だと言われると、どうしたらいいものかと悩む。
「とにかく、後ろ暗いことをしてしまってはいけません。その罪の意識を高位の天使は咎めるのです」
「分かりました。気をつけます」
そんなこんなで私のマカバイの町での日々は過ぎて行った。
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