第24話 白衣の天使




 病院の中は普段全く見ない高位魔族が数名いた。

 レオニスとマカバイでは全く常識が違うらしい。

 この先、魔族の領土に近づくにつれて更にこういった傾向が強くなるかもしれない。


 魔族は人間に溶け込んで普通に働いていた。単純な肉体労働ではない仕事をしている魔族は、他の人間に尊敬されている様だった。

 人間の技術ではできないような、魔法を使った治療方法をしている様子もちらりと見えた。


 ――凄い……魔族の医療技術はこんなに進んでいるのか……


 王都での医療技術よりも高度な技術であるように見えた。

 言うなれば「回復魔法」とでも言うのか、あれが人間にも使えたらもっと世の中は豊かになるのに……と考えながらも病院の中を進む。

 設備も、建物の構造も、王都よりも画期的な印象を受ける。


 ――これが、魔族の魔法技術と科学技術か


 いくつもの見慣れない技術に目を奪われている間に、私は子供の両親のいるという病室へとたどり着いた。


「ここだよ。お母さーん、お父さーん」


 病室を開けると、そこには酷い有様の男女が横たわっていた。

 意識はないようだったが、意識がないのが幸いと言えるような状態だ。

 見たところ、全身のいたるところが骨折している。これでは全く動くことはできないだろう。

 骨折している部分の処置はされているものの、追い付いていないように見える。


 ――なんだこの病気は……むごい……


 王都で聞いた奇病の末期症状がこれなのかもしれない。

 骨折自体は治しようがあるが、何故この人たちが全身骨折しているのか原因が分からなければ、私にはどうすることもできない。仮に分かったとしても、治すことができるとも限らない。


「お兄ちゃんがお母さんとお父さんを治してくれるって。起きて、起きて」


 子供が両親を揺すって起こそうとしたが、私はそれを止めた。

 これだけ骨折している原因は分からないが、揺すった軽い衝撃でまた骨折してしまうかもしれないし、起こしたら痛みに耐えなければならず、可哀想だ。


「起こさなくても大丈夫ですよ。まずはあなたの脚の治療をしてもらわないといけませんね。一緒に受付に行きましょう」

「…………診てもらえないの」


 暗い顔をして子供はそう言った。


「どうしてですか?」

「お金、ないから……」

「なら私が――――」


 と、自分の財布に手にかけた時に思い出した。

 私はスラムの子供たちに食料を買えるだけ買ってゴールドを使い切ってしまった。なので私は無一文。

 この子の治療代を出すことはできない。


「……すみません。無一文でした。骨折の処置は私もできます。診せてください」


 と、私が骨折している箇所を診ようとしたとき、誰かが病室へと入って来た。


「もう手遅れですよ」


 そちらを見ると、上位魔族である天使族がそこにいた。

 ふわふわとした白い翼が背中に生えていて、翼の色と同じ白衣をまとっていた。毛髪も銀色で、目の色も銀色。真っ白な存在がそこにいた。

 天使族程の高位魔族を見たのは初めてだ。人間の町で働いているとは思わずに一瞬目を奪われたが、それよりも「手後れ」という言葉の方に私は反応する。


「手後れとはどういうことですか?」

「骨折した箇所を応急的に処置しても、根本的な治療にはならないということです。一時しのぎにもなりません。発病してはもう治せません」

「そんな……魔族の技術でも不可能なのですか……?」

「現状を見れば分かるでしょう。治せるのなら、治していますよ」


 天使の言葉に、私は絶望した。

 私はすぐに諦めたが、バズズが背負っている子供は、その事実を受け入れられずに反論する。


「そんなことないもん! 治るもん!」

「…………貴方も余計なことを吹き込みましたね」


 天使は私の方を向いてそう言った。

 言った後、両親の方の身体の状態を確認して記録を取る。


「余計な希望を持たせるなんて、医療にたずさわる者として、あるまじき行為だと思いますが」


 その言葉はグサリと私の胸に突き刺さった。


 私の考えが甘かったのだ。

 何が原因なのか分からない奇病に対して無責任だった。何か解決策があると、何かしら手立てがあると思っていた。

 しかし、私は無力だ。何もできない。何が原因かすら分からない状態だ。


 それでも、こんな幼い子供に無慈悲な現実を伝えることはできない。


「今は……私は何もできません。しかし、必ず治す方法を見つけてみせます!」

「…………」


 天使は私の方を一瞥いちべつして呆れた表情をした。


「口で言うのは簡単ですけどね、原因も定かではないのにどうやって治す方法を見つけるというのですか?」

「初めは何でも原因は分からないものです。しかし、原因は調べ続ければ必ず分かります。人間というのは、諦めの悪い種族なんですよ。今はできないと認めます。それでも、諦めることだけはしない。この子も、両親も私は諦めません」


 私の言葉を聞いて、天使は私の方をジッと見つめていた。


「……その子と貴方は親しいのですか?」

「いえ、今日会ったばかりですが……」


 性別は愚か、名前すら知らない。

 私にとって何の事情も知らない子供だ。


「理解できませんね。何故そんなに同情できるのですか? 私は治療者として接しはしますが、そこまで同情はしません。天使族は慈悲深い傾向にありますが、その日会ったばかりの他者にそこまで同情はできませんね。どんな事情があっても」

「付き合いの長さは関係ありません! 目の前に苦しむ人がいる限り、いえ、人でなくとも、魔族でも、困っていたり、苦しんでいたら助けようという気持ちになるのが当然です!」

「…………」


 天使は顔を左右に振りながら小さくため息をついた。

 簡単に状態を確認してから記録を取って去り際に一言残して言った。


「そんな人族ばかりなら良かったのですけど」


 この時、私は、それがどんな意味なのか分からなかった。

 後になって、私はこの天使の言った言葉の意味を知ることになる。



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