第25話 対価




「ところで、名前も聞いていなかったですね。お名前は? 私はユフェルと申します」

「ミュタ! こっちはバズズ!」


 名前だけ聞いても、性別はどちらなのかは分からなかった。

 性別がどちらでも処置の内容は変わらないので構わなかったが、骨折箇所は脚で三か所。服で隠れて見えなかっただけで腕も一か所骨折していた。

 何が原因で骨折したのかミュタに聞いてみたが、特別なことは何もない様子だった。


「例えば、高いところから落ちたり、転んだ時に手をついたりしてないですか?」

「ううん。してない」


 相手は子供なので、あまり詳しく聞いても事情は正確には把握できないと思った。

 骨折しているのに痛みがないのは何故なのか聞きたいが、それについては「分からない」と言っている。


「家はどこですか? その脚では動けませんから、送って行きますよ」

「ミュタの家……わかんない……でもあそこにいればバズズが食べ物をくれるから、あそこにいる」


 ――あそこって……路地裏の事?


 屋根すらないし、到底まともな生活が出来ているとは思えない。家が分からないというのは困った。10歳くらいの年齢だと思うが、それなら家の場所くらいは覚えていてもいいはずだ。


「いつからあの路地裏にいるのですか?」

「ずっと前から」

「御両親はいつから入院しているんですか?」

「うーん……いち、に、さん……分かんない。ずっと前から」


 ――困ったな……路地裏に戻すわけにもいかないし、かといってミュタを宿に泊める資金もない


 頼りにしているのはこのバズズだけ。

 バズズは普段働いているのだろうから、付きっきりでミュタの世話はできないはずだ。

 しかし、今までバズズの協力があってこうして両親が居なくても生活していけている。

 一方でバズズは言葉を話す程の知能はない様子。こちらが言った言葉はかろうじて分かっているようだが、喋ることはできないので意思の疎通が難しい。


 ――何もかもトムに頼ってばかりで申し訳ないが、私一人で考えていてもいい案が思いつかない


 町にはそれぞれの特性がある。マカバイの町の特性をトムなら詳しく知っているだろう。もしミュタをどうにかして安全で衛生的な場所に移せないか相談してみることにした。


「トムさん、度々申し訳ないのですが……」


 事情を説明するとトムは色々提案をしてくれた。

 マカバイの町に孤児院があるのでそこを訪ねてみるのはどうかとか、資金を稼ぐために歩くことのない仕事に就くのはどうかとか、様々な提案をしてくれた。

 ミュタにそのまま話をしたが、ミュタはあの路地裏に帰りたいという。


「あそこにいればバズズにいつでも会えるし、雨の日は屋根のあるところがあるから」


 もっとマシな生活ができると必死に説得したが、それでもミュタの意見は変わらなかった。

 まだ子供で判断能力に欠けている部分を考慮しても、本人の意見を完全に無視するのは大人としてあるまじき行為だとも考える。


「困ったら頼れるように手配をしておきますから、本当に困ったらそこを頼ってください」

「わかった!」


 私にできるのはそこまでだった。

 病の原因の研究をしたいが、今の私にすべがない。


 せめてあの病院の天使にもう一度会って魔族の医療技術を少しでも勉強したいと考え、病院に向かった。

 受付に天使の名前を知らなかったので「銀色で白い天使を捜している」と言った。どうやら診察を終え、個室で診療録をまとめていると聞いたので、そこを尋ねてみることにした。

 私の行動が天使にとっては迷惑だとは分かっていたが、アーサーがいつマカバイの町から出ると言い出すとも分からない。

 今できることをしておかなければ、問題がどんどん先延ばしになってしまう。


 コンコンコン……


「あの、昼間に子供と一緒に来た僧侶の者ですが、よろしいでしょうか」

「……どうぞ」


 元気のない返事が聞こえてきた。それを聞いて私は中に入る。

 中はあまり綺麗な状態とは言えなかった。薄暗く、物置のような場所で周りに何なのか分からない箱が無造作にいくつも置いてあった。

 そんな中に真っ白な天使がいて、心なしか淡く光っているようにも見えた。


「失礼します」

「何の御用ですか? もうすぐ仕事が終わりますので、手短にどうぞ」


 天使は素っ気なく、私を見ることもせずに返事をした。


不躾ぶしつけながら……魔族の医療技術を、私に教えていただきたいのです。それと、あの奇病の資料があれば見せていただきたい」


 私がそう言うと紙に走らせるペンを止めて、天使は私の方を睨むように見た。


「本当に不躾ですね。急に押しかけてきて何を言い出すのかと思ったら」

「分かっています。申し訳ございません」


 深々と頭を下げて天使にお願いした。


「対価を払えばある程度は譲歩できますが、しかし、魔族の技術を安易に漏らすことはできませんね」


 対価と言われて、私は何も持っていない事に改めて気づいた。

 仮に持っていたとしても、やはり魔族の技術を簡単には教えてもらえないらしい。


「……急にきて申し訳ございません……私は支払う対価を持っていません。お金は今日、スラムの人たちへと食料を買うのに全て使ってしまったのです」

「そうですか……お金には困っていないので、他のものをいただけますか?」

「他のものですか? あまり所持品は多くありませんが……」


 天使は私をまじまじと見て、こう言った。


「貴方の命。それで手を打ちましょう」



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