第23話 路地裏の子供




 私はマカバイの町の薬草屋や図書館などで情報を集めつつ、町の状況を確認して回った。

 この周辺では白花粉の栽培や収穫、加工などの仕事を魔族と人間でそれぞれ分担をして行っていた。

 栽培や加工で細かい作業が必要な部分は人間が行い、収穫などは比較的に知能の低い小柄な魔族が行っている姿がそこかしこで見られた。


 休憩時間には人間と魔族で別々に食事をとっている様だった。


 ――やはり、一線を引いて接しているのか


 と、思っていたところ、一匹の魔族が路地裏に入っていくのが見えたので、それについていって様子を見てみた。

 もしかしたら裏でアーサーを闇討ちする算段を立てているかもしれない。

 そう思って路地裏を物陰から見ると、そこには小さな子供がいた。魔族は子供に向かって歩いて行っている。


 ――まさか、子供を襲うつもりか……!?


 私がすかさず止めに入ろうとすると、子供は魔族に対して満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう! バズズ!」

「あー……」


 子供はバズズと呼ばれた魔族に抱き着いて、何やら喜んでいた。

 良く見ると、魔族の手には食べ物があった。


 ――子供に食べ物を持ってきたのか……?


 私は飛び出してしまったので、子供と魔族に当然私は気づかれた。


「? お兄ちゃん、誰?」

「あー……あー……」


 子供は男児なのか女児なのかは区別できなかったが、恐らく10歳程度。髪の毛は伸び放題になっていて、私を見ても逃げようという素振りは見せない。

 バズズは私を見て、頭を下げた。

 恐らく、人間から報酬をもらっているから人間を敬うようにと指導されているのかもしれない。


 ――しかし、何故こんな路地裏に子供がいて、魔族が食べ物を持ってきているのだろうか


 何か困っているのなら、私が助けになれるかもしれない。


「私は……その……通りがかかりの僧侶です。何か困ったことがあれば助けになりましょう」

「“そうりょ”ってなぁに?」

「僧侶というのは、怪我人を看病したり、薬を処方したり、お葬式をあげるときに祈りを捧げたりする職業です」

「治してくれるの!?」


 その子供は両手で地面を這いずるように私の方へと近づいてきた。

 それを見てすぐ私は分かった。

 この子は脚が動かなくなってしまっているのだと。


「脚が動かないのですか?」

「そうなの……前みたいに走って追いかけっこしたい。お兄ちゃん、治してくれる……?」

「診てみます」


 私は子供の脚の状態を確認した。


「!」


 魔法を展開して診るまでもなく、すぐにどういう状態なのか分かった。

 子供の脚の骨は折れていた。それも一か所ではなく、数か所同時に折れている。脚の骨がこんなに折れているのに、脚は腫れてしまっているのに、それでも痛そうな素振りはまったく見せなかった。

 普通、こんな状態なら痛みで何もできなくなっているはずだ。子供なのだから泣き叫んでいてもおかしくはない。


「この脚は、どうしたのですか? ご両親は?」


 こんな路地裏に子供が1人でいるところを見ると、虐待の可能性もある。そもそも、こんな脚でどうやってここまで来たというのだろうか。

 とはいえ、這いずってここまできたような服の汚れはない。


「お母さんとお父さんは病院にいるよ。具合が悪くて……お兄ちゃん、お母さんとお父さんも治してくれる?」

「分かりました。診てみましょう。私が背負いますので、ご両親がいる場所まで案内してください」

「バズズが運んでくれるから、大丈夫!」


 私が折れている脚に刺激を与えないように抱き上げようとすると、子供はバズズに掴まって背負いあげられた。

 慣れているのか、軽々と肩の上に子供を乗せる。しっかりと子供はバズズの頭にしがみつく。


「あっちです」


 バズズが持ってきた食べ物を食べながら移動した。余程お腹が空いていたのか、バズズの頭の上だというのにお構いなしに食事をしていた。バズズもそれを気にしている様子はなかった。


 ――しかし、何故こんなに脚の骨が折れているのか……それだけならどこか高所からの足からの転落ということで説明がつくが、痛みがないのは何故だ……? 先天的な痛覚の異常も考えられるが……こんな怪我を毎回していてはこの年齢まで生きている可能性は極めて低い……


 私はそう考えながら子供の脚を後ろからよく確認するが、どう見ても無事な状態ではない。見間違いなどではない。確実に折れている。


 ――まずは、こっちの処置が先だ。複雑骨折の場合は切開して砕けた骨を取り出さなければならないかもしれない。それはこの町の医師に任せよう


 しばらく私たちが歩いた先に、病院らしき建物が見えてきた。

 そこには王都で見たのと同じく、中に入れてもらえない人たちが何人もいた。やはり杖などをついて全身の痛みを訴えて必死に歩いている者もいる。

 どこの病院もいっぱいだと聞いていたが、マカバイの町でも同じような状態らしい。


「この病院の3階にいます」


 バズズに乗ったまま病院に入ろうとしているのを見て、私は止めた。


「魔族が一緒に入っても大丈夫なのですか?」

「え?」


 何を言っているのか分からないと言うように子供は私の方を振り返って見ていた。

 私の住んでいたレオニスでは魔族が働いているところはなかったため、知らなかったが病院の中を見ると様々な魔族が病院の中で働いている様子だった。

 マカバイの町では知能の低い魔族だけではなく、知能の高い魔族もおり、人間相手に医療行為を行っていた。


「あ……いや、何でもない」


 私はバズズが背負っている子供と共に病院の中へと入っていった。



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