第22話 運命の人




 アーサーがまたこの町で2日か3日は滞在するというので、待つことにした。

 その間に私は少しでもスラムの人たちの助けになればと、箱いっぱいに食料を詰めて送ることにした。

 国王からもらった資金もあったが、これは私の個人的な事であったので、私の持ち金で食料を買った。もう個人的な資金は全て使ってしまった。


 とはいえ、スラムに物資を届けてくれる配達屋を見つけるのは苦労した。

 誰もスラムへ近づこうとはしない。

 私も実際に行ってみて分かっていたが、下手をしたら身ぐるみはがされて命まで奪われる。

 そんな危険区域に食べ物を持って行くなど、自殺行為だというのは分かる。


 困り果てていたところ、物資の仕入れ先のトムから声がかかった。

 私個人では配達人を見つけることができなかったが、トムがスラムへ配達をしてくれる人を紹介してくれた。

 トムには世話になってばかりだ。


「俺が運びますぜ。トムの旦那の頼みなら」


 その人はスラム出身の人だった。スラムから出て身分を偽って運び屋をしているらしい。

 身分を偽る行為はそう簡単にできることではない上に、罪に問われる行為だ。

 そうと分かっていてもスラムに物資を届けてくれる人はこの人しかいない。


 ――私が関与していると分かったら、私もとがめを受けるかもしれない


 しかし、スラムに物資を届けてくれる人など他にいる訳がない。


「お願いします」


 私は食料が入った箱を配達人へと任せた。配達人はすぐにスラムの方向へと出発してくれた。スラムで取り合いにならないように、高価な食料は選ばなかった。これはトムのアドバイスだ。

 高価な食料が混じっていたら、それを取り合って殺し合いが始まってしまってもおかしくないと。

 私は美味しいケーキをスラムの人にも食べてほしかったが、それが争いの種になってしまうのならと諦めて、比較的日持ちのするパンや干し肉などを買って入れた。


「トムさん、何から何まですみません。ありがとうございます」

「いえいえ、私にできることがあるならなんなりと」


 やはり、トムはスラムの人とも交流があるようだった。


「身分を偽っている人を黙認している私を弾劾だんがいしますか?」


 私はそんなこと、できる訳もなかった。

 ここまで手を尽くしてもらっているのに、それを裏切るような行為ができるわけがない。


「そんな! それなら私も同罪ですよ!」

「ははははは、私は色んな人や魔族と取引していますからね。無法者もいるのですよ。色々な人と取引をして、世の中を豊かにするのが私の仕事です。人と人、人と魔族を繋ぐ仕事なのです」


 誇らしげにトムはそう言った。

 自分の仕事に誇りをもってしている姿を見ると、非常に輝いているように見える。

 私のように小さくまとまって、死ぬまで大した偉業を残せずに死ぬと思って卑屈になっていた私とは違って、トムは仕事に誇りをもって輝いている。


「トムさんは商人は天職なのですね」

「どうでしょうか。私は色々な町を移動しながら仕事をしているので、家庭もなかなか持てませんし、そこだけが少し寂しいと思います。ははは」


 トムは笑っていたが、どこか寂し気であった。

 私も家庭を持ちたいと思う時はあるので、その気持ちは分かる。


「トムさんならいつか運命の女性が現れますよ。今はまだ、現れていないだけです」

「ははははは、それは素敵なご意見ですね。でも、実態は違うと思います」

「違うのですか?」

「商人は相手を見極める目が命です。相手がどんな人間なのか、その商品がどのような商品なのか見極めなければいけません。それが癖のようになってしまって、女性と接するときもしまうのですよ。見たら、嫌でも分かってしまうのです。相手の素性が」


 それは凄い能力だと私は圧倒される。

 私は相手を見てもそれほど多くの情報は入ってこない。トムは私よりずっと広い世界を見て、ずっと広い視野で物事を見ていて、それでも細部へ気を配るという素晴らしい目を持っている。


「それは……なんと返事をしたものか分かりませんが……トムさんには絶対相応しい女性がいます! 運命の人と出会ったら、きっと雷に打たれたような衝撃があって――――」

「はっはっはっ、ユフェル様はロマンチストなのですね」


 恋愛経験がない自分が言っても、説得力がなかったと思う。トムなら私が恋愛経験豊富ではないことはお見通しだったはずだ。

 そんな自分がトムに背伸びをして言ってしまったことに、恥ずかしさも感じた。


「すみません、恋愛経験もない私が出過ぎたことを……」

「ユフェル様はマチルダ様が好きなのかとお見受けしましたが」

「!!!」


 見て分かる程、私は露骨にマチルダを意識してしまっていたのだろうか。


 ――恥ずかしい


 私は穴があったら入りたい気持ちになった。


「はははははは、分かりやすい方ですね。マチルダ様は美しい方ですし、ときめく気持ちは分かります」

「…………」

「しかし、気にさわるかもしれませんが、彼女は辞めておいた方が良いと思います」

「……やはり、私なんかじゃ釣り合わないですよね……」


 自分でも自信があった訳ではないが、トムに改めてそう言われてショックを受ける。

 分かっていたけれど、分かっていてもやはり第三者にはっきり言われると尚更肩を落とした。


「ユフェル様がマチルダ様に釣り合わないのではなく、マチルダ様がユフェル様に釣り合わないのですよ」

「……?」


 トムの言っている意味が分からずに、私は首をかしげる。


「ふふふ、魔王打倒を果たして英雄になったユフェル様はきっと、沢山の女性からアプローチを受けることになるでしょう。しかし、その大半はユフェル様の中身なんて見ていない女性たちです。貴方の栄光のおこぼれを少しでも受けたいという浅ましい女性たちがほとんどでしょう。それに惑わされないでください。ユフェル様にも運命の人が必ず現れますから」


 自分が言った言葉ながら、「運命の人」と言われると物凄い恥ずかしい気持ちになった。

 私が言うより、トムが言うと妙に説得力があった。



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