第21話 非売品のシロップ
アーサーがやっとバレストの町を旅立つということで、私は荷物をまとめていた。
旅立つまで十分時間があったので、十分に準備をすることができた。
「これでよしと……」
トムも出発する準備は整っているらしく、町を出る時に少し先に出てもらった。
その後を私たちが追う形になる。
次の町はマカバイの町だ。
バレストの町から20キロメートルくらい。半日も歩けばつくだろう。
またアーサーが「疲れた」などと頻繁に言わなければ、の話だが。
私は一昨日と昨日はアーサーたちに会っていなかったが、バリズは心なしか太っているように見える。王都のときから少し緩み気味だったが、バレストの町で更に余分な肉が付いたように見える。
――これでいざというときに戦えるのだろうか……
「バリズ、あの……少し太った?」
「あぁ、どうにも食い物が美味くて。それに、なんつーか、
――怠いって……
私はため息をつきたいところだったが、それを飲み込んだ。
それにしても、アーサーは魔族の大群に襲われたと言っていたが、バレストの町にいて魔族がアーサーを捜している素振りはなかった。
町が襲われるようなことにならずに済んで安堵したが、それでも警戒だけはしていた。特にそういった動きはなかったので良かった。
しかし、これから向かう先で同じようなことが起こるかもしれない。
「アーサーは引き続き変装していた方が良さそうですね」
「あぁ……気を付けて行かないとな」
そうしてやっと私たちはバレストの町を出ることができた。
先を行っているトムを発見し、遠巻きにだが合流して再び私たちは旅路についた。
相変わらずアーサーは頻繁に「休もう」と言ったが、また魔族に襲われたときに対応できるように私とバリズとトムは待った。
バレストの町からマカバイの町までも一本道だ。迷う余地はないが、私たちはアーサーに合わせて休憩を取った。
バリズはまた文句を言うかと思ったが、全く文句を言わなかった。それどころか、バリズも頻繁に「怠い」と言って休憩を取りたがった。
――バリズ、どうしたんだろうか……
そうして結局、道中は何もなく、夜も更けてからマカバイの町に到着した。
それなりの距離を歩いたので疲れはしたが、王都からバレストの町までよりは短い距離であった為、それほどの疲労感ではなかった。
バレストの町は魔族が働いているのをたまに見かけたが、バレストの町より魔族の領土に少しだけ近いマカバイの町では、更に多くの魔族が働いているのが見受けられた。
マカバイには初めて来たが、こんなにも多くの魔族がいるとは思わなかった。
「アーサー、魔族が多くいます。行動には気を付けて」
「分かった」
私は宿の手配をして荷物を宿に預けた。
アーサーとマチルダは「疲れた」と言って早々に宿で休むことになった。バリズは食事する元気は残っている様で、一緒に食事に出ることになった。
勿論、トムも一緒に。
「トムさん、この町の名物品はなんですか?」
「マカバイの町では
「ここに来るまで畑が結構あったなぁ」
ここに来るまで白花粉の畑がいくつもあった。
小麦粉に似た植物だが、少し違って甘味が多い。小麦と同じように粉にして加工して食べると美味しいと聞いた。同じく、白花の蜜を集めた蜂蜜も人気で、それでケーキを作ると絶品だとトムに教えてもらった。
あまり流通していない高級食材だ。
「じゃあ今日はそれにしようぜ。美味い店も知ってるか?」
「勿論です。ご案内いたします」
トムが案内してくれたお店では特上ケーキを出してくれた。
疲れが見えていたバリズは、一口食べて目を輝かせてケーキを食べていた。私も初めて食べるが、大変美味しいと思い、今度こそバリズに横取りされないように懸命に食べた。
……の、だが……私はこんなに美味しいものを悠々と食べている自分が、許されるものかと思うと食べる手が止まった。
何度もあの手紙の事を思い出してしまう。
――こんな贅沢品を食べていていいのだろうか……
私の手が止まったのを見て、トムも同じくして手が止まった。
「そんなに考え込まないでください。ユフェル様が悪い訳じゃないのです」
「……私が悪い訳ではないのは分かっているのですが……」
「思っているだけでは何も変わりませんが、ユフェル様は変えようと行動を起こそうとしているのですから、それだけで今は十分です。今は力をつけないといけませんよ」
トムはそう言って、私に鞄から出した液体を渡してきた。
「これは?」
「今は非売品のシロップです。甘いものにかけると一段と美味しくなるのですよ。非売品なので秘密でお願いします」
小声でそう言った後、私が食べていた部分に数滴たらしてくれた。
「元気になりますよ。どうぞ」
勧められるまま、非売品のシロップのかかった部分を食べてみたところ、ケーキがそれまで食べていたよりも更に美味しくなった。
それと同時に、やはり私は一口、二口と食べて手を止めてしまった。
トムの言ったように元気は出なかった。
確かにシロップは美味しいし、元のケーキも十分に美味しい。食べて元気がなくなるわけがない。
それでも、私はそれ以上食べ進められなかった。
「なんだ? もう腹いっぱいなのか? ユフェルは少食だな」
と、案の定バリズが私の分のケーキの皿を持って行ってしまった。
それだけならまだしも、トムの皿のケーキまで持って行って食べ始めてしまったので、流石にバリズに注意する。
「バリズ、私の分はまだしもトムさんの分まで――――」
「いいんですよ。私は食べ物は沢山ありますから。気に入ってもらえたならどうぞどうぞ」
「そうか。じゃあもらうぜ」
――全く……遠慮という言葉を知らないのかバリズは……
結局、トムの分までバリズはケーキをぺろりと食べてしまった。
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