第20話 ハンバーグの正体




 私は夕食の時間になるまで落ち着かず、一度は宿に戻ったがすぐにまた商店街に出て薬屋へと向かった。

 バレストの町の薬草屋では、この辺りでしか採れない貴重な薬草があり、それをいくつか仕入れて、宿に戻って時間を忘れるために薬の調合を夢中になって行った。

 解熱剤、鎮痛剤、解毒剤、あらゆる不測の事態に備えて薬を調合した。


 コンコンコン……


 そんな夢中になっていた私の宿の部屋を叩く音がした。

 ふと窓の外を見ると、夕刻となっていた。


「私です。トムです。今よろしいですか」

「はい。どうぞ」


 鍵を開けてトムを招き入れると、トムは私に小包を差し出してきた。


「どうぞ」

「これは?」

「この町の特産品です。ハンバーグですね」


 中を見てみると、肉の塊が見えた。何の肉かは分からなかったが焼けば美味しそうだと思った。


「すみません、いただいてばかりで」

「いえいえ、商人ですからね。珍しいものを仕入れてくるのが私の仕事ですから。いつか有名になったら私の得意先になっていただけたらそれで結構ですよ。今日はこのハンバーグで夕飯にしましょう。野菜と一緒に焼いてソースをかけるだけですから」


 そう言ってトムはどこからともなく取り出したフライパンを魔法で炎を作り、加熱した。

 あっさりとトムが魔法を使っていたので私は驚いた。

 平民でもかなり熱心に勉強しなければ使えないはずだ。


「トムさんは魔法が使えるのですか?」

「ええ。試食としてその場で売るのに炎の魔法が使えると便利なもので。それだけの為に炎の魔法を勉強しましたよ。調理用なので全然戦闘には使えません。勇者様の足元にも及びませんよ。ははは」


 軽く自虐しながらも、巧みに炎を強くしたり弱くしたりして調理を進めていた。

 私も見とれていないで何か手伝わなければと、皿を出したり、ナイフやフォークを出したりして準備をした。

 準備が終わったところ、すぐにトムは焼けたハンバーグと野菜を乗せ、残った油を使ってソースを手早く作ってかけた。ソースとハンバーグのいい香りがする。


「ゆっくり食べながらお話を聞きますよ。どうぞ」

「いただきます」


 私はトムが手際よく作ってくれた食事を食べた。ハンバーグは何の肉なのか口にしてみても分からなかったが、食べた事のない味でお美味しかった。


「いかがですか?」

「とても美味しいです。何の肉なのですか?」

「聞きたいですか?」

「是非とも」


 何の肉なのか是非聞きたいとトムに言うと、ニッコリ笑って私に返事をした。


「これは虫です」


 ――む、虫!?


 それを聞いて私は思わず食べる手を止めた。

 私は手を止めたが、トムは特に抵抗感がないようで黙々と虫のハンバーグを食べ進めていた。

 私が想像する虫が悪かったのだろうか、少しばかり気分が悪くなったが、その後も色々な虫を想像してみるものの、やはり食べてもいいと思える虫はいなかった。


「虫……ですか?」

「はっはっは、最初は抵抗感が強いでしょうが、最近これも人気になってきたのですよ。虫は繁殖力が強いので、スラムの食糧問題を解決するために開発されたものなのです」

「なるほど……」


 そう考えると、私は虫と聞いただけで生理的な嫌悪感を覚えた自分を恥ずかしく思った。


「何の肉か分からなければ意外といけるでしょう? 因みに何の虫か聞きたいですか?」

「いえ……そこまでは結構です……」

「ははははは、そうですか。でも食べてみれば意外と美味しいでしょう? 私は嫌いではないですけどね」


 確かに、調理方法が良いのか、元の虫が食に適しているのか分からないが、トムの言ったとおりに意外と美味しかった。


「それで、昨日の手紙の件で何か?」


 私が勇気を出して虫のハンバーグを懸命に口に運んでいると、トムは核心に迫る質問をしてきた。

 虫のハンバーグだから食べる手を止めた訳ではなく、その質問で私は元気をなくして食べる手を止めた。


「アーサーたちにこの手紙を見せて、すぐに出発しようと言ったんです。今私たちがこうしてのんびりしている間にも、スラムの子供たちは……いえ、大人もそうですが、貧困に苦しんでいるので……」

「…………」

「しかし、聞き入れてもらえませんでした」

「……そうでしょうね」

「この手紙は国王に届いていないのでしょう? スラムの子供の手紙が国王に届かないのは当然と言えば当然ですが……国名を果たせば、私は再び国王に会えます。その時に直々にこの手紙を届けます。そして、スラムの人たちを救いたいのです。飢えることのない生活を……相手から奪わずに生きられる生き方を、教養のある人生を知ってもらいたいのです」

「……………」


 トムは黙って私の話を聞きながら、虫のハンバーグを切って口に運んで食べていた。

 時折、持っている酒らしきものを飲みながら。


「……ユフェル様はお優しいのですね。ただ、全く現実的な話とは思えませんが」

「この手紙を見て、何も思わないはずがないのです。トムさんもそうなのではないですか? 価値のある手紙だから持っていたのではないですか?」

「私たちと貴族や王族の感覚は全く違いますよ。その手紙を見たとしても、何も思わないでしょう。そうでなければスラムなんてそもそも存在していませんよ」


 ぐうの音も出ない正論だった。

 心のどこかでは分かっていたのかもしれない。

 しかし、この手紙を見て何も思わない人がいる訳ないと思っていた。

 なのに、アーサーたちは手紙を見てもなんの動揺もなかった。何も思うところはない様子だった。

 それが、私にはあまりにもショックだった。


「それでも……私はこの手紙の少年を……クリスを救いたいのです……!」


 私は涙を浮かべながら、トムにそう訴えた。



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