第16話 トムとの談話




 私はバリズと食事をした後、町の入口でアーサーを待つことにした。


 食事は牛と豚の両方を食べたのだが、私は主に野菜を食べていた。私が野菜を食べている間に、バリズがまた私の注文した肉類を「食わねぇのか?」と言って持って行ってしまった。

 食べないと言っている訳ではないのに、いつもバリズに食べ物を持って行かれてしまう。自分で追加注文すればいいのに、相手の食べ物の方が美味しそうに見えるのか横取りされる。

 その分の勘定はいつもしてくれるので、私が損をしている訳ではないのだが。


 ――それにしても、アーサーたち……遅いな……もしかして、野宿なのか?


 私はアーサーとマチルダを待ち続けた。


 30分、1時間、2時間と待っていても一向にアーサーたちは町に現れなかった。

 もう夜も更けて皆が寝静まる時間になっても、やはりアーサーたちは現れない。座ったままうとうととしていたところに、私に毛布をかけてくれた人がいた。


「こんなところで寝てしまっては感冒かんぼうわずらってしまいますよ」

「ありがとうございます」


 それはトムだった。

 もうあきないは終わったのだろうか。


「アーサーがなかなか来なくて……」

「来ないかもしれませんよ。随分体力がなさそうでしたので。おっと、失礼……」


 トムは手で上品に口元を抑えながら笑った。

 その笑顔を見て私は不安が和らぐ。トムは私の横に座って鞄から小瓶を取り出して、差し出してきた。


「お酒です。少しは気が紛れるでしょう」

「そんな……こんな高価なものを……」


 酒はとても高価なものだ。

 私が王都でもらった錠剤よりも。この少量でも10万ゴールドは下らないだろう。


「私にとっては無価値なものなのですよ」

「?」


 こんなに市場価値の高いものをトムは無価値と言った。

 それが何故なのかは分からない。しかし、私はやはりこんなに高価なものを無償で受け取る訳にもいかずにトムに返した。


「やはり、受け取れません。今でもこんなにお世話になっているのに、それ以上は私は何も支払えません」


 私がトムに酒を返すと、「そうですか」と私から返された酒の瓶を鞄に戻した。

 それからトムは自分の分の酒の瓶を開け、口に含む。


「ひとつ聞いてもいいですか?」


 トムは私に質問を投げかけてくる。


「はい、なんでしょうか」

「何故この旅に出ようと思ったのですか? 魔王は人間に友好的ですよ?」

「そ、それは……」


 そう尋ねられて、私は口ごもった。正直に話すわけにはいかない。ここは私が旅に出た理由だけ答えよう。


「私は……過激派魔族に殺された家族の悲痛な声を沢山聴いてきました。なので……私は魔王を倒したいというよりは、過激派魔族の牽制をお願いしたいといいますか……口下手で申し訳ないのですが、世の中が少しでも良くなればと思いまして。それに、世の中の状況を自分の目で見たくて。自分の見た世界を、自分で確かめたいんです。私はしがない町の僧侶でしたから、外の世界事情には疎くて……」


 改めて私は自分の旅の目的を整理しながらトムに話す。


「そうですか。魔王は魔族からの評判が良いですから、話をすれば分かってもらえそうですけどね」

「トムさんは魔王に会ったことがあるんですか?」

「いえいえ、ないですよ。私は一介の商人ですし。ただ、魔族の方と話しているととてもいい魔王だと良く聞くんです。末端の魔族にも気を配ってくれるいい魔王だと評判です」

「……………」


 やはり、アーサーが言っていたような人間を奴隷化させようなんて動きは一見して見受けられない。それとも、気付かれないほど静かに進んでいるのだろうか。


「魔族は、人間の事をどう思っているのでしょうか……」


 ぼそりと、私が呟くように言ってしまった。

 無意識にとはいえ、これは失言だったと思う。人間を奴隷にしようとしているという話はアーサーに秘密にするように言われている。

 少しでもそれを匂わせるようなことを言ってしまったのは失言だ。


「あまりなんとも思っていないと思いますよ。話していても普通ですし、敵意もないですし、かといって特別な好意もないですし」


 そう言った後、トムは一口酒を口にする。

 良かった。トムはあまり深く捉えていない様子だ。


「仲良くなっている人たちもいますけどね、まれですよ。魔族と仲の良い人は迫害されたりもありますし、魔族側も人間と仲の良いと色々面倒なことになったり……お互いに積極的には関わらないようにしてますから」


 しかし、トムはパンデモニウムにも行って商人として魔族との関りを持っている。あくまで商人としてであり、個人として付き合いがある訳ではないのだろう。


「トムさんは……過激派の魔族とは会ったことはありますか?」

「会ったといいますか……見たことはありますよ。パンデモニウムで。あれはまぁ……魔王の指揮命令下にない無法者たちですね」

「パンデモニウムは危険なところなのですか?」

「いえいえ、我々の町と同じですよ。気性の荒い人もいますし、普通の人もいますよね? それと同じです。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」


 その言葉を聞いて、私は特別魔族に対して偏見を持っている訳ではないと思っていたが、十分に偏見を持っていると気づかされた。


 ――私もまだまだ……僧侶として未熟だな……


 トムとはそのまま暫く話したが、ずっと町の入口で待っていると言うと、トムは宿へ戻っていった。


 私はそのままアーサーを待ち続けた。


 しかし、夜が明けてもアーサーは町へ来なかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る