第15話 バレストの町
トムはあまり多くを語らない性格であった。
気さくで、話しかければ明るく答えてくれるが、自分から私たちのことを詮索してくることはなかったし、トムの事情も深く立ち入らせなかった。
商人としては顧客の情報を守ることは大切なことだ。口が堅いのはいい事なのだろう。
「トム、美味い飯屋を紹介してくれよ」
「バレストの町では放牧が盛んで、牛や豚といった肉料理が美味しいですよ」
「肉かぁ……この前ブラックゴートのステーキを食った俺としては、牛や豚で満足できるかは分からないな」
バリズがブラックゴートのステーキを食べたことをさりげなく自慢していると、トムは「ははは」と笑いながら返事をした。
「素材の良さを生かしてますから、きっと美味しいと感じるはずです。何も高級肉だけが美味しいお肉ではないですからね。よろしければ私のおすすめのお食事処をご紹介しますよ」
「さっすがトム! 俺、アーサーじゃなくてトムと旅に出ようかな」
冗談を交えながらバリズはトムと談笑をしている。
バリズが実際にトムと一緒に旅に出てしまったら、アーサーは怒るかもしれない。
「でも、トムは魔王城までは行かないんだろ? どこまで行くんだ?」
「私はここからバレストを経由して、マカバイ、カース、パリテド、そして魔族の領地のパンデモニウムで取引をして引き返しますよ」
パンデモニウムと聞いて私とバリズは非常に驚いた。
「パンデモニウムに行くのか!? 国境のところとはいえ魔族の領地じゃないかよ……堂々と入って大丈夫なのか?」
「ははははは、安全なルートは決まっていますし、私は商人ですから、大丈夫ですよ」
それを聞いていてやはりトムは凄いと思った。
生まれ持った商人の才能があるんだろうなと感心する。パンデモニウムは魔族と人間の国境の位置にある大都市で、色々な物が揃えられているに違いない。
「トムさん、魔族の領土に入った後に安全なルートはどこになるんですか? 魔族の領地はあまり詳しく調べられなくて……」
そう言いながら私がトムに地図を見せると、トムは指で地図を追いながら丁寧に答えてくれた。
「見つからない方が都合が良いなら、ソドムとゴモラの町を避けて少し遠回りをした方が良いかも知れませんね。この海沿いに近いところは色々な植物が生い茂っていて身を隠すには丁度いいと思いますよ。海沿いなら魚釣りで食料の確保もできますし」
パンデモニウムの町の東と南にソドムとゴモラの町があり、そこは過激派魔族が住んでいるはずだ。表立って目立ちたくない私たちは、少し遠回りでもその植物が生い茂っているところを通るのが一番良いのかもしれないと考えた。
植物が多くあるなら身を隠すには丁度いい。
「本当にトムは色々知ってるな。凄いぜ」
「大したお役には立てませんが、そのくらいなら」
そして、歩き続けて、時には休憩し、また歩いて日が暮れる前にはバレストの町にたどり着いた。途中で放牧されている豚や牛が沢山いて、和やかな様子が見て取れた。
***
いくら多少体力があるからとっても、やはり長時間歩き続けたので足が痛い。歳のせいも多少あるのだろうが。
バリズは平気そうな様子だったし、トムも多少の疲れは見せたものの、慣れている様子で、宿にチェックインしてから一息ついて、すぐに商売道具を持って「それでは」と町の商店街へと出て行ってしまった。
私は1人部屋でなくても構わなかったが、バリズは1人部屋が良いと言うので部屋は別々にした。恐らくアーサーもマチルダも個別の部屋を取るだろうと、私は4人別々の部屋で手配をした。
しかし、アーサーとマチルダが本日中に辿り着くかどうかは分からない。
「旅は魔族が襲ってきて戦ったり、危険なものになる」
と、出発前に言っていたが、そんなことが実際にあるのだろうか。
アーサーの話を聞いていると、魔王側で人間を奴隷にするという物騒な計画が進んでいるらしいが、人間が行方不明になったりしているということはない。本当に奴隷化計画が進んでいるとしたら、
――少し、町を見て回ってみよう
バレストの町は何度か来たことがあったが、しばらく来ていなかったので町の中を見て回ることにした。トムに教えてもらった食事処にバリズと一緒に行こうと誘った。
「行こうぜ! そのうちアーサーも来るだろ」
宿についてすぐにシャワーを浴びたバリズは軽い恰好で私と一緒に町に出た。
町は魔族も散見した。対価をもらって代わりに働いている者たちだ。
だが、魔王打倒の話は伝わっていないだろう。
何故なら王命は彼らが読めない文字で作られたものであったからだ。それに、魔族への内容の口外は極刑と書いてあった。
――でも、こんな大々的な告知が魔族に伝わらないものだろうか
いくら口外は極刑と書かれていても、完全にそれを防ぎきることはできないだろう。しかし、現状を見る限り魔族に大きな混乱は見受けられない。
普通に働いている。何の混乱も見受けられない。
「なぁ、飯食ったらちょっと探索してみようぜ」
バリズは呑気で、置いてきたアーサーのことを全く気にしていない様子だった。
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