第二章 旅立ち

第14話 離脱




 王都から東側にあるバレストの町まで、測ったことはないが30キロメートルくらいだと思う。ずっと休まず歩き続けても7時間から8時間はかかる。

 比較的に平坦な道で、往来が頻繁にあるために道も踏み鳴らされていて歩きやすいとはいえ、相当な距離だ。


 私がレオニスから王都に向かう際も結構な時間がかかった。王都からバレストまでの距離よりも離れているが、その時は希望を持って向かっていたので大変さは麻痺していたし、私単身で自分のペースで歩いて行けたので特に苦痛はなかったが、他の人と一緒に目指しているとやけに遠く感じる。


「休もう」


 1番時間が長く感じている理由は(実際時間がかかっている理由は)、アーサーとマチルダがとにかく体力がなく、頻繁に休もうと言うからだ。

 歩き始めて1時間ほどした頃、アーサーが1度目の休憩を申し出た。

 2度目の休憩はもっと短いスパンで、3回目、4回目……と、どんどん休む感覚が短くなって言っている。


「もう少し頑張りましょう。このペースだと野宿になってしまう」


 マチルダとアーサーは最小限の自分の荷物しか持っていないので、小さい荷馬車を引いているトムよりもずっと疲れないはずだ。

 私たちが目視で確認できる程度の前方にトムがいて、トムは大きな鞄と小さな荷馬車を持って悠々と歩いている。


 私たちもそれなりに荷物があったが、食料は主に私が運んでいたし、バリズはアーサーやマチルダの武器を代わりに持っていたり、なるべくアーサーに負担がかからないようにしているが、それでもアーサーはかなり体力がない印象を受ける。


 確かに、貴族は全体的に体力がある方ではない。雑用や肉体労働は平民か貧民が行っているし、貴族はどちらかというと頭脳労働が主だ。

 それに、アーサーは魔法使いなのであるし、走り回ったり、剣を振るったりして身体を鍛えてこなかったのだろう。


 に、しても体力がなさ過ぎると感じる。


「トムさん! 休憩しましょう!」


 遠くにいるトムに私は魔法で少し自分の声を拡張して呼びかけると、トムは手を振って「分かりました」という返事が返ってくる。

 トムからしたら私たちに合わせる必要はないのだから、こんなに頻繁に休憩している私たちの方が足手まといになってしまっているだろう。

 バリズとしてもあまりに頻繁に休憩する為、少し苛立っているようにも見えた。


「おいおい、野宿は嫌だぜ? 俺とユフェルは先に進んでもいいか? 地図があるし、道も一本だし、迷う余地ないだろ」

「…………」


 アーサーはバリズの言葉を聞いて暗い表情をした。というよりも、何やら顔を歪めて怒っているように見える。


「アーサーなら誰かに襲われても撃退できるだろ?」

「………………分かった。先に行っていてくれないか」


 大分渋々とアーサーは返事をした。何に対して苛立っているのかは分からない。疲れているからなのか、指図をされたからなのか、自分が不甲斐ないからなのか、それは分からないものの、確かに不機嫌そうなのは見て取れる。


「私はアーサーと一緒に行くから、先に行っていて」


 マチルダはアーサーと残るらしい。

 共に旅をする仲間として選ばれたのに、本人であるアーサーを置いて行くのもどうかと思うが、このままのペースで進んでいっても本当に野宿になってしまう。

 一応野宿の為の道具も持ってはいるが、あまり寝心地も良くないし、疲れも取れないだろう。持っている食料もできれば温存しておきたい。この先の町で必ずそれが手に入る保証もないのだから。


 先日まで熱を出していたし、私は残った方が良いだろうか。


「私はアーサーと一緒に残った方が良いかな。この前まで体調を壊していたみたいだし」


 私がそう言うとアーサーは吐き捨てるようにこう言った。


「私は問題ない。バリズと一緒に先に行っていてくれ」


 その言葉に「ショックを受けた」というのが私の正直な感想だ。

 まるで、初対面のときのアーサーとは別人のように見えた。冷たく吐き捨てるように言われて、戸惑った。


 色々違和感を覚えるところではあるが、アーサーが疲れて動けない上に、先に行っていてくれと強くいうのだから、私とバリズはそれに従うしかなかった。

 仕方ないので、私はトムとバリズと一緒に先に次の町を目指すことにした。


「もし、何か非常事態があったら、魔法を空に向かって打って合図して」

「分かった……」


 そんな様子を見て心配な気持ちもあったが、アーサーとマチルダを置いて、私たちはバレストの町を目指して歩き出した。


「トムさん、すみません……なんだか思ったようにいかなくて」

「いいんですよ。初めは誰だって上手くいくと思って始めますが、結局上手くいかないという挫折体験はよくあることです。大事なのはそこからどう立ち上がれるかですよ」

「トム! 良い事言ったな! その通りだ!」


 バシンバシン。


 バリズはトムの背中を強めに何度か叩いた。トムは「そんなに強く叩かれたら痛いですよ」と笑いながらバリズと打ち解けていた。


 ――バレストの町についてもアーサーたちと合流できるように、私は町の入口で待っていよう。あまりに遅かったら道を引き返して迎えに行こう


 腰を下ろして休んでいるアーサーたちを振り返って見ながらも、私は次の町を目指した。



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