第13話 勇者の誕生




 出発する前日にクロス家の人から知らせがきて、アーサーの元へと他3人で集まった。バリズはここ数日ずっと食べ歩きをしていたのか、初めて図書館で会ったときよりも無駄な脂肪がついて、私が言える立場ではないのだが、少しばかりだらしない体型をしているように見えた。


 数日会っていなかったアーサーに体調のことを聞いてみたが、「大丈夫だ」という返事があるのみで、詳しい症状などは「熱があっただけだよ。そんなに心配しなくていい」という答えで、具体的には何も答えてもらえなかった。「具合が悪くなったらいつでも言ってくださいね」と一応言っておいたが、少しばかりアーサーはまだ具合が悪い状態のようだった。


 それから、トムのことについてアーサーに話してみた。

 正式に同行する訳ではなく、途中まで行く方向が同じだし、土地勘のあるトムが同行してくれるなら心強いという話をした。


「行く方向が同じなら……私が止める権利はないけど……」


 アーサーはトムの同行を渋っている様子だった。

 分からない訳でもない。

 確かにトムを許してしまったら、アーサー目当ての女性たちはアーサーの旅に勝手についてくるということもあり得るし、人が大移動したら魔族にかなりいぶかしまれる。元々少数精鋭でという作戦がそれでは台無しだ。


「でも公式には認められない。私たちに勝手についてきてしまった者たちは処罰すると明日発表するんだ」

「じゃあ……トムさんに100メートルくらい先を歩いてもらえば、ことにはならないんじゃないかな?」


 私がそうアーサーに提案すると、本当に渋々という様子だったが「分かった」と了承してくれた。

 こんな話をトムにするのはトムに対してとても失礼だから気が引けるが、この旅は魔王討伐が成功しなかったら魔族側に対する宣戦布告だ。絶対に失敗する訳にはいかない。


「冴えてるわ。ユフェル」


 マチルダにそう褒められて、私はカリカリと自分の頭を掻いて恥ずかしさを誤魔化した。


「商人さんなら、途中の町でも顔が効くし、色々融通してくれるかも」

「確かに商人は仲間にしておいても損はないんじゃないか?」


 バリズがアーサーにそう尋ねると、アーサーはぼそりと「4人が伝統――――……」と言った。

 何を言ったのか良くは聞き取れなかったが、聞き返してもアーサーは「なんでもない」と返事をした。


 私を含む3人はアーサーにトムの加入を勧めてみたが、何かと理由をつけて(例えば「4人が一番作業効率がいい」とか「奇数は仲間割れの危険性がある」とか)とにかく5人目の仲間としてトムを迎え入れることはしなかった。


「分かった。トムにはそう言ってくるよ。明日の旅立ちの日に私たちよりも早く出てもらって、王都から十分に離れたら先導してもらおう」

「俺にもトムを紹介してくれよな。美味い店知ってたら教えて欲しいしさ」

「私の事もトムによろしく」


 呑気に言うバリズとマチルダと、浮かない顔をしているアーサーを残して、私は商店街にトムを捜しに行った。

 トムは恰幅が良いし、大柄な男性なので群衆にいてもすぐに見つけられた。


「トムさん!」


 私がトムに右手を挙げて手を振ると、トムはすぐに私に気づいた。


「どうも、ユフェル様。旅立つ日が決まったんですか?」

「そうです。急なんですが、明日だと聞きました。トムさんの都合はいかがですか?」

「私はいつでも出られますよ。待ちわびてました。アーサー様と旅ができるなんて夢のようです」


 期待に胸を膨らませているトムに、アーサーがトムを歓迎していないことを話すのは心が苦しかった。

 だが、なるべく言葉を選んで、トムを傷つけないように話をした。


「実は、もう正式なメンバーは決まってしまっていて、それはどうしても変更できないらしいんです。アーサーに好意を持っている女性たちが勝手についてきてしまったら大事になってしまうから、勝手についてきたら罰するという決まりを作ると言っていました。でも、私たちはトムさんに一緒に来てほしいんです。だから、土地勘のあるトムさんに前を歩いていただいて、100メートルくらい後ろを私たちがついて行くという形で……なんとか、手を打っていただけませんか?」


 私の話を聞いたトムは気分が悪くなると思った。

 誰だってこんな話をされていい気分になるはずがない。

 でも、トムはにっこりと笑顔で「勿論です」と言ってくれた。


「いいんですよ。商人はあまり目立ち過ぎたらいけないんです。私は特に仲介ですし。だから、陰ながらでもアーサーの英雄譚の支えになれたら光栄です」

「ありがとうございます。明日、私たちより先に王都を出て先に行っていてください。まずは東側にあるバレストの町を目指しますので」

「分かりました。先に行っています。それでは」


 そう言ってトムは礼儀正しく頭を下げて、雑踏の中に消えていった。

 消えていったとは言っても、トムは目立つので彼がどこかの曲がり角を曲がるまで彼の姿は見えていたのだが。




 ***




 やっとアーサーと旅に出る日が来た。

 英雄の門出ということで、国を挙げての見送りとなった。花弁はなびらを道の両側から散され、私たちは花弁まみれになりながら王都を出ることになった。

 魔王を倒すというその勇ましさから、“勇ましい者”ということでアーサーは『勇者』と呼ばれるようになった。


 王都で一番の鍛冶師が作った名剣を腰にたずさえ、貴族の正装なのか、あるいは防寒着なのか、それとも防具なのか、ひらひらとした布を肩からはためかせていた。

 王都での流行は分からないが、こぞってアーサーのその布を「マント」と名付けて、真似していた。



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