第12話 身分制度の壁




 何故出発しないのかとクロス家を訪ねると、アーサーはまた熱を出している様だった。

 使用人は「たまにある」と言っていたが、この前から数日しか経っていいない。頻繁に熱を出している様だ。どうにもただの感冒かんぼうとは考えられず、私はアーサーの診察を申し出た。これから旅に同行する者としてアーサーの身体の状態を確かめなければならない。


 使用人は私の申し出を聞いた後「確認してきます」と言って中に入ってしまったきり、20分程度は外で待たされているが応答がない。

 屋敷が広いのでアーサーの元に行くのに時間がかかるのかもしれないが、それにしても長いと感じた。


 そして、やっと戻ってきた使用人は「休まれているので……」というやんわりとした断り文句しか返ってこなかった。

 私は旅に同行する僧侶だ。怪しい者でもなんでもない。それは使用人もアーサー本人も分かっているはずだ。それでも私は屋敷の中には入れてもらえない。


 何故なのか。


 私が屋敷に入れてもらえない理由の考えられる可能性はいくつかあるが、1番の理由は「平民だから」だろう。

 クロス家は国王にも通じてる程の大貴族だ。屋敷に勤めてる使用人も恐らく下位の貴族の家の者だと思う。

 表立っては言わないが、つまり……クロス家では格差差別が強い家柄。


 別に珍しい事ではないし、こういう扱いには慣れている。

 いや、慣れているというよりもそれが常識だ。私は平民なのでそこまで露骨な扱いは受けないが、貧民においては貴族と話すこともままならない。スラムがスラムのまま放置されているのも、大部分はそれが原因だ。貴族は貧民の暮らしなどどうでもいいという証がそれだ。


 平民でいるとそういう感覚を時々忘れてしまう。貴族と接する機会もあまりないし、私は貧民と平民も貴族も分け隔てなく接しているつもりだ。だから、レオニスにずっといた私は王都に来て久々にそのことを強く思い出した。


 私はその扱いでも構わないが、アーサーが身分制度を強く重んじているのなら、この旅は失敗するだろう。

 旅の仲間というよりは、貴族の駒使いのようなものだとアーサーは思っているのかもしれない。それは実際に私の口からアーサーに聞いても、正直には答えてくれないはずだ。


 貴族が平民を表立って卑下し、迫害していた時代はもう終わった。だが、そういった風潮は今も色濃く残っている。

 誰も、口にしないだけで貧民はずっと苦しみ続けているのだから。


 私の脳裏に、スラムの子供たちの姿がいくつも浮かんでくる。頭から振り払おうとしても、彼らの酷い生活ぶりは私の脳裏に強く焼き付いていて、何度も頻繁に思い出してしまうのだ。

 彼らは不自然に痩せているが、お腹だけは膨張していて、皆目に生気が感じられない冷たい目をしている。


 命だけは取られなかったが、それは、私がまた物資を持ってスラムに行く間抜けだと、スラムの子供たちは分かっていたからだろう。卵を産むニワトリを絞めてしまっては、もう卵は手に入らなくなる。

 ただ、それだけだ。別に、同情や愛情やそういったものは彼らにはなかったのかもしれない。


 愛情を知らない子供たちだ。

 そんな彼らをなんとか救えないものだろうか。


 例えば、アーサーにこの話をしたら、どんな反応が返ってくるのだろうか。改善するようにしてくれるだろうか、それとも「考えておく」と言ってそのまま聞かなかったことになるのだろうか。それとも一笑されて聞いてももらえないだろうか。


 ――駄目だ。身分制度で相手に先入観を持つべきじゃない。それでは私まで差別主義者ではないか


 アーサーは私やバリズに対して魔王退治の秘密の話をしてくれたではないか。アーサーが私をどう思っているかどうかよりも、まず私がアーサーを信じずにどうするというのだ。


 パシン。


 自分の量頬を叩いて、考えを改めた。

 私が今できることを少しずつやっていくしかない。世の中にはたくさんの問題がある。ひとつひとつ解決していけたらいい。

 私一人ではできなくとも、様々な人たちの力を借りて、この世の中を良くしていきたい。


 だから、まず私は魔王の真意を見抜かなければならない。

 一刻も早くアーサーと旅に出て問題を解決しなければならない。


 もう準備することもないが、私はふらふらと街中を歩いていると、商人に品物を卸しているトムと再会した。商店街で商品を卸した帰りらしい。


「また会いましたね。ユフェル様。そろそろ旅立ちですか?」

「ええ。そうなんですが……アーサーの気分が優れないようで、なかなか旅に出ることが出来なくて……」

「そうですか……あの、こんなことを申し上げるのは恐縮なのですが、私も途中まで同行してもよろしいでしょうか? 仕入れる先が魔王城方面にありまして」

「トムさんもですか? 私の一存では何とも申し上げられませんが……私は歓迎です。どのように品物を仕入れているのか興味がありますので。アーサーに聞いてみます。今は会えないですけど」

「分かりました。私は暫く王都の商店街にいるので、旅立つ時にご連絡ください」


 私の一存では決められないが、商人のトムが一緒に来てくれたら心強いと思っていた。トムは品物を仕入れるために全国を行脚あんぎゃしているようで、地理にも詳しいようだったし、私も助かると考えていたが、アーサーが何というかは分からない。


 私はアーサーの回復を待って、トムのことを話すことに決めた。



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