第9話 高価な薬
今日で応募者の選定は終了する。
選定終了後に全メンバーと打ち合わせをし、備品を揃えてついに旅に出るという予定が決まった。
保存食などは私が杞憂するまでもなく、王宮側がそれなりに用意してくれていた。だが、私の見立てではそれだけでは足りない。その分は申告して買い足していただくことになった。バリズが大食漢であることを踏まえればいくら持っていても足りないくらいだ。
私はそのことよりも、昨日謎の薬を渡してしまった人たちと、その薬を売っていた商人のことが気になって、まだ旅立ちまで猶予のあるうちに確認しに行くことにした。
――彼らは大丈夫だったのだろうか
その疑問を持ちながらも以前商人を見かけた場所へと
私が声をかけようとしたところ、その商人は誰かと話している様子だったので、私は声をかけるのを止める。
しかし、少し声をかけかけたのが聞こえたのか、両者ともに私の方を見た。
商人は相変わらず身なりのいい恰好をしているが、目の下にクマができていて不健康そうな表情をしている。
もう一人も男性で、若干の肥満体質。顔は艶が良く、優し気な表情をしている中年男性だった。
「これはこれは、一躍有名になられたユフェル様ではございませんか。お会いできて光栄です」
健康そうな中年男は礼儀正しく私に頭を下げてきた。
「そんな大層なものではありません。頭を上げてください」
頭をあげた中年男性はニコリと笑った。
「私は彼と同じ商人のトムと申します。以後、お見知りおきを」
「私は御存じかとは思いますが、僧侶をしておりますユフェルと申します」
私たちが礼儀正しく挨拶を交わしている途中で、私に薬を渡してきた不健康そうな商人が割って入ってくる。
「そんなことよりお兄さん、あの薬を貧民に分け与えたとか。感服したよ……ふふふ……」
商人は不敵な笑みを浮かべて笑っていた。どうやらあの患者たちはこの商人を見つけられたらしい。
「その薬をもらった人たちは大丈夫なのですか?」
「そりゃあ痛みが引いて元気になったって大はしゃぎだったよ。あたしが持っていた在庫を全部持って行かれてねぇ……改めて仕入れようとしてるところさ。トム兄さんは
そう紹介されたので、トムに対してあの薬について詳しく聞いてみることにした。
「あの薬は何の成分で出来ているんですか?」
「詳しくは分からないのです。私もただの卸業者なので……」
「なら、どこから仕入れているのか教えてください」
「ははは……申し訳ございません。私の仕事がなくなってしまいますので、ご勘弁を」
トムにそう言われてハッとした。確かに、トムの仕入れ先を商人の前で聞いてしまったら、トムの仕事がなくなってしまうかもしれない。そんなことにも気づかない程、私は焦っていた。
「す、すみません。なら、今、その薬をいくつかいただけませんか?」
「降ろした後にこちらの商人の方から買ってください。私から直接一般の方には売れませんので」
「分かりました。5つでおいくらですか?」
商人は計算機を手に取って計算し始めた。「お兄さんになら2割引きでいいよ」と言いながら計算機を私に見せてきた。
「1つ定価が3万ゴールドで、2割引きなので2万4000ゴールドが5つなので、12万ゴールド」
――じゅ、12万ゴールド……!?
いくらなんでも高すぎる。私は2割引きで12万ゴールドだが、割引なしなら15万ゴールドだ。そんな大金があったら質素に暮らせば半年は食べ物に困らない。逆に言うならたった5つの錠剤で半年分の食料を失うという事だ。
「言ったでしょう? 高いって」
「そんなに高価なものだとは知りませんでした……」
私の手持ちの金額は薬を買える程度にはあったが、あまりにも高いので私は躊躇する。研究用にいくつかほしいところだったが、私は買うのを辞めた。
「残念。まぁ、またどうしてもほしくなったら言ってよ。お兄さんになら割引で売ってあげるから」
私たちが話しをしている間にも、その商人の元へと噂を聞きつけた患者が買いに来た。
人だかりができる前に、トムは「それでは」と言って薬を商人にこっそりと渡し、姿を消した。
「お願いです。あの薬を売ってください……」
「いいよ。1つ5万ゴールドだよ」
「そ……そんなお金は……」
買いに来た患者は若い女性で、やはり杖をついて歩いていた。
見るからに貧民の位の女性だ。服はボロボロであるし、髪の毛もごわごわとしていて手入れなどされていない様子だった。
「金がないなら売れないなぁ……でも、初回さんには少し融通を利かせてあげるよ。いくら持ってるの?」
「7000ゴールドくらいです……」
「うーん、それじゃ話にならないなぁ……仕事を紹介してあげるから、そこで稼いでお金を作ってきなよ」
商人は裏の方から別の男性を呼んできて「仕事の斡旋だ」と言うと、裏から出てきた男性は愛想よく、あっという間に患者の女性を紳士的に連れてどこかへと消えてしまった。
「仕事とは何ですか? 彼女は仕事ができるような状態じゃないですよ?」
「誰でもできる簡単な仕事なので、問題ない。おっと、次のお客がきたようだから、失礼」
と、商人の男が私の前から去る前に、袋に入った錠剤を2つ渡してきた。
「お兄さんのお陰で商売繁盛だ。おまけだよ。とっておいてくんな」
そう言われて1錠5万ゴールドもする薬を2つ渡された。
咄嗟に「こんな高価な物は受け取れない」と言おうとしたが、商人は次のお客さんに話しかけていたので、そう言えなかった。
先ほどの女性にこれを譲ってしまおうかと考えたが、もし私がこの薬を配り歩いていると噂が立てば、他の人たちが私の元へと来てしまうかもしれない。そうなればこれから旅に出るアーサー達にも迷惑がかかってしまうため、私は黙ってその薬を大人しくポケットにしまった。
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