第10話 キャッチボール
私は何か色々引っかかる部分はありながらも、どうすることもできずにただ公園の近くを歩いていた。
公園では子供たちやその両親が一緒になって遊んでいるのが見えた。
この光景はどこの町では変わらないと思う。
道を歩いていた私の前に、ボールが跳んできてコロコロと転がった。それを拾い上げ、跳んできた方向を見ると上品な服装をしている少年と、青年がこちらを見て「投げ返してください!」と言ってきた。
投げ返してと言われたが、あまりボールを投げるのは得意ではなかったので、そのボールを持って持ち主へと返した。
「お兄さんも一緒にやりますか? キャッチボールです」
黒い髪を綺麗にまとめた少年が私にそう話しかけてきた。
貴族らしい上品な恰好をして、言葉遣いも非常に丁寧で聡明な印象を受ける。上流階級の教育を受けている子供はどの子供も大人びた性格になる。
やはりスラムの子供たちとは大違いだ。
一方青年の方は貴族の着るような上質な服を着ているが、気崩れていてだらしがない。無精髭が生えているし、髪の毛も意図的に伸ばしているというよりは、伸びっぱなしになっているような印象を受ける。
――兄弟だろうか
「私はあまり上手ではないですが、参加させていただけるなら是非」
特別に行く場所もなかったので、私は王都の貴族と交流してみることにした。
平民の私は滅多に貴族と話すことはないので、どんな様子なのか確認したかったという動機もある。
「もちろん。歓迎です」
私たちは三角形になるように立ち、ボールを投げ合った。それほど強いボールではなかったので、私も受け取ることができた。
「アーサー様と旅に出ると噂で持ちきりのユフェル様ですよね。私はヴィネと申します」
少年の方は礼儀正しく私に自己紹介をし、頭を下げた。もう王都中に私の顔は知られているらしく、誰でも私のことを知っている様だった。こんな幼い子供でさえも。だからキャッチボールに誘ってもらえたのかもしれない。
ヴィネは礼儀正しく自己紹介をしたが、無精髭の青年は私に対して何も言わなかった。
「ユフェルと申します。そちらはお兄様ですか?」
「はい。自慢の兄なんです。少々人見知りで……気を悪くしないでください」
ボールを投げると、ヴィネはまるで聖人のような笑顔で私にそう言った。
その兄の方は見た目から察するに、精神的な問題を何か抱えているのだろうと見て取れた。だが、あまりじろじろと見るのは悪いと思ったので、多少笑顔を向ける程度で深くは聞かないことにした。
――悩みを聞いてあげることはできても、私はここ数日で旅立つ身。長期的な援助を必要とする精神病患者は私にはどうすることもできない
この前病院で働いてみてそう痛感した。
「ユフェル様は王都は初めてですか?」
「はい。色々珍しいものがあって刺激に絶えない場所ですね」
そう言いながらボールを受け取る。
「何かご趣味はありますか? 旅立たれるまでご案内いたしますよ」
「趣味ですか……」
改めて聞かれると、趣味らしいものは何もなかった。
何もない自分を恥ずかしくも思ったが、貴族の子供に「趣味はありません」と答えるわけにもいかず、なんとか自分の生活の中で好んでいるものを捻りだした。
「趣味と言って良いかは分かりませんが、食事が毎日楽しみですね。田舎では娯楽らしいものがないですから、そういった些細なことが楽しみで」
「私も食事は毎日楽しみです。王都でしか食べられないものもございますので、楽しんで行ってください」
ポーン……とまたボールが飛んで、兄がそれを受け取り損ねて地面に落ちた。おたおたと兄の方はボールを追いかける。
「キュアフルーツはもう食べましたか?」
「食べました。大変美味しかったです」
「ブラックゴートのステーキもお勧めです」
「それもアーサーと一緒に食べました。美味しかったです」
とは言っても、パフェもステーキもバリズに殆ど奪い取られて食べられなかったのだが。
「ステーキだけではなく、ブラックゴートの
――燻製肉か……保存食としていいかもしれない
だが、ブラックゴートの燻製肉は高そうなので、他の燻製肉を扱っている店がないかヴィネに聞いてみた。
「安い肉でいいのですが、他の燻製肉を扱っているお店は知りませんか? 保存食として持って行きたいので、安くて、できれば美味しい燻製肉のお店を知っていたら教えて欲しいです」
「それなら、商店街の一角にありますよ。『ハッシュ精肉店』という名前で、人気のお店ですので、あらかじめ予約しておいた方が良いと思います。でも、ユフェル様からのご注文とあれば最優先にしてもらえると思いますよ」
ヴィネはまたニコリと私に笑いかけた。
兄から飛んできたボールをキャッチすると、ヴィネは「そろそろ帰ろうか」と兄に話していた。
暇つぶしの相手がいなくなるのは少し寂しい気持ちもあったが、兄の方があまり体調が良くなさそうだったので、引き留めはしなかった。
「私たちはそろそろ失礼します。魔王の討伐、陰ながら応援しています」
「こちらこそお店を教えていただいてありがとうございました」
お互いに礼儀正しく頭を下げると、ヴィネは兄の手を取って先導するように歩いて行った。姿勢が正しく、歩き方も上品だ。何度も引き合いに出して申し訳ないが、スラムの子供たちとのあまりの差に私はショックを受けた。
――やはり、スラムの子供にも高等教育が必要だな……
そんなことを考えながら、私はヴィネたちと反対方向へと歩き出した。
ヴィネに教えてもらったハッシュ精肉店へと向かって。
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