第7話 1日病院勤務




 連日の面談の無理が祟ったのか、アーサーは熱を出して寝込んでしまったらしい。

 診察に行こうかとクロス家を訪ねてきたが、やっと眠ったところらしくアーサーに会うことはできなかった。


「なら、これだけでも」


 私は見舞いの品としてキュアフルーツを使ったケーキを買ってきた。本当は自分で食べたいところだったが、そこはぐっと我慢してアーサーに差し入れた。貴族であるアーサーの口に合うかどうかは分からなかったが、使用人にそれを渡した。


 さて、困った。

 アーサーがどの程度で回復するかは分からないが、まだ暫く王都に滞在する必要がありそうだ。王都は物価が高く、手持ちのお金もそんなに長くは持たない。

 そこで、私はこの町の病院で少しの間だけ働かせてもらえないかと尋ねてみた。一応僧侶として色々な治療経験もあるし、最先端の医療を見学したい。それに、何もしないでただ待っているのは気が引ける。


 王都で1番大きい病院に行って「御迷惑でなければ」と言うと、意外にも歓迎された。誰も口にはしなかったが、アーサーと旅に出ると決まっている私を拒否できなかっただけかもしれない。

 その病院では様々な診療科があったが精神科病棟も別にあって、そこに重傷者を隔離しているらしかった。

 しかし、新聞に書いてあった通り精神病棟は満室状態で、入院患者が溢れかえっている様子。人手が足りないのは精神科病棟の方らしく、私はそちらを診るようにと言われて精神科の方に来た。


「………………」


 専門分野ではないとはいえ、私は奇行に走る患者のカルテを見てひとりひとり診察していく。

 症状はそれぞれだったが、主に妄想症状、幻覚症状、幻聴症状などが主だった。閉め切ったカーテンを開けると非常に眩しがったり、ひっきりなしにクッキーのようなものを食べている患者もいた。クッキーらしきものを私が調べようと患者から借りようとしたが、患者は激しく抵抗して暴れたりもした。

 他には、ボーっとして立ったまま全く微動だにしない者もいたし、奇声をあげて転げ回っている者もいて、それぞれだった。


 ――流石に王都となると様々な患者がいるものだな


 精神病については先天的なものと、後天的なものがあるが患者たちのカルテを見るに、後天的な者が多い印象を受けた。それも、ここ最近発症している者が多い。

 他には身体中にただれがある者もいるが、これは精神科病棟で合っているのだろうか。

 私としても詳しくは分からない為、一先ずは興奮状態の患者に対して鎮静剤を投与して落ち着かせるという方法をとるしかなかった。

 魔法を展開して状態を調べるが、やはり何が原因なのかは分からない。

 強いて言うなら共通して腎臓の働きが弱いような気もするが、恐らく鎮静剤薬の投与が続いて弱っているだけかもしれない。


 ――あまり薬を投与しすぎても良くないな……


 私があくせくと患者を診ていると、あっという間に1日終わってしまった。




 ***




 アーサーの熱は次の日には下がったようだった。

 しかし、大事を取ってもう1日は休みを取るようで、旅立ちはもう少し先になる様子。

 頻繁に熱を出すのかと使用人に聞いてみたところ、ときどきこうなるとのことだった。

 もし、旅に出た後でこうなったら私がアーサーの体調管理をしなければならない。もう少し詳しいアーサーの身体の状態を知りたかったが、詳しいことは使用人には明かされていないようだった。


 昨日、病院で働いた分の賃金は即日に支払われた。私は大したことをしていないにも関わらず、かなりの給金だった。

 また今日も病院に行ってみたが「今日は大丈夫です。ありがとうございます」とやんわり断られてしまった。断られた理由は分からなかったが、暫く王都に滞在できる分の賃金は稼ぐことはできたし、辺境の町の部外者の僧侶を入れてくれたことが奇跡のようなものである。


 病院を出て今日はどこに行こうかと考えていると、病院に入れていない具合の悪そうな患者が数名いることに気づいた。

 杖をつかなければ歩くこともできない若そうな男性が、よろよろと歩いている。年配ではないのに杖がなければ歩けない者は珍しい。


「大丈夫ですか」


 私が肩を貸すように男性を支えると「ありがとうございます」と弱々しく言った。


「受付まで肩を貸しましょう」

「多分……今日断られると思います……」

「今日も……?」

「何度か通っているのですが……なかなか観てもらえなくて……」


 ――こんな一生懸命に杖をついて歩いている患者が来ているのに、この男性を診る余裕もないなんて……


「私で良ければ診させてください。レオニスで僧侶をしているユフェルと申します」

「あ……アーサー様の旅のお供の……」

「はい。私でよろしければ」


 男性は藁にもすがるように私に診てほしいと言った。

 詳しい症状を聞くと、どうやら全身の骨が痛み、痛みもあって歩くことも困難になってきているとのこと。杖をついて歩いているのもやっとで、病院前までくるのに普通の人が30分で来られるところを3時間近くかけて来たらしい。


「全身が痛いんです……せめて、痛み止めがほしい……」


 痛み止めが欲しいというので、私は手持ちの調合した痛み止めの薬を男性に手渡した。粉薬で、比較的すぐに効いてくる痛み止めだ。

 男性を建物の場所まで肩を貸して移動させ、一先ず座らせた。


「30分経っても効いてこなかったら言ってください」

「はい……」

「私はその間に別の患者さんの様子を診て来ます。少し様子を見てください」


 そして、私は病院に受け入れ拒否をされている体調の悪そうな人たちを診察し始めた。



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