第6話 アーサーの素晴らしき経歴




 私が王都の街中を歩いていると、話題はアーサー一色だった。

 アーサーの出自や実力などを賛美する広告や新聞が、毎日王都全体に流通している。王都が公式で発行している新聞を、私は買って読んでみた。


 貴族アーサーの素晴らしき経歴!

 アーサーは由緒正しいクロス家の次男として生まれた。2歳違いの長男ルリックよりも早く言葉を話した。1番初めに話した言葉は「鏡を見せて」だったという。若干1才にして「鏡」という概念が理解できた天才的なアーサーは、これに留まらずに2歳のときに魔法を使えるようになった。屋敷の中で発動させてしまったために屋敷の一室は吹き飛んでしまったというが、これに対してアーサーの両親は「素晴らしい息子を授かった。部屋は直せばいい。アーサーに怪我がなくて良かった」とアーサーの才能を称賛。

 その後、アーサーは天才的な才能を開花し続け、特に魔法の才能については王都魔法研究学会からの名誉勲章を若干6歳で受賞。

 容姿に恵まれたアーサーは、祝祭日に全国の女性たちから沢山のプレゼントをもらったこともあるという。

 アーサーはその魔法の才を活かし、20歳になる少し前に「魔王討伐」を提言。魔族から人間の開放を謳い、20歳になったアーサーはついに魔王討伐に出る為に仲間を募って旅に出る決意を表明!

 アーサーの華々しい旅路に、人間の輝かしい未来に栄光あれ!


 そのアーサーの経歴を見て、本当なのかどうかすら疑問に思うほどの衝撃を受けた。


 ――凄い。1才で鏡というものを理解しているとは……一番初めの発語というのは、普通は「ママ」とか「パパ」とか言うものなのだが……


 しかし、王都が発行している公式の新聞に嘘が書いてあるわけがない。

 その新聞は殆どアーサーの話で持ち切りだったが、他のページを見てみると「謎の奇病が多数発生」とか「精神病患者が急増。病床不足で入院できず」とか、明るくないニュースも書かれていた。だが、ほんの少しだけだ。ほんの数行書かれている程度で、95%はアーサーの話しか書かれていない。


 ――それだけの魔法の才があるなら、私やバリズの同行は必要なのだろうか? 1人でも魔王を打ち取ってしまえるような気がするが


 そう考えて私は王都の町並みを眺めながら、何かレオニスに持ち帰って役に立ちそうなものを捜した。医療器具や、役に立ちそうな本、珍しい食べ物等。

 他にも旅に出る為に長期保存が可能な食べ物を捜していた。長旅を想定すると、現地で食べ物が採れない場合は安全な保存食を使う事になるだろう。しかし、推定1か月から2か月の旅になる。帰りの期間も入れたら最長で4か月程度を想定した方がいいだろう。途中にある町に寄りながら食料を補給していったとしても、15日分くらいの携帯保存食があった方が安心できる。


 ――それだけ長期になると現地で食料を調達しなければな……アーサーの魔法で獲物を捕れたら、それほど心配しなくてもいいか……?


 私が考え事をしながら保存食を捜していると、私に近づいてくる者がいた。


「お兄さん、王都の人じゃないでしょ? どう? これ、試してみない?」


 少しばかり怪しげな商人に声をかけられた。

 身なりはとてもいいが、どうにも顔色が優れない様子の中年男性だった。

 その中年男性は、アーサーが持っていた透明な薄い緑色のドービング剤をゆらゆらと揺らしながら私に見せてくる。


 ――あのドーピング剤か。確かに王都ではそこら中で売っているらしい


 この前少し飲んだ時に、その後気分が悪くなったので私は「結構です」と言って左右に手を振って断った。


「これ試したことある? じゃあこっちは?」


 商人は今度は錠剤のようなものを私に見せてきた。カラフルで子供向けの薬のように見える。


「これは何ですか?」

「これは最近入って来たものでね、このフレッシュアッパーの後のぐったり感を緩和する薬だよ」


 商人はドーピング剤を『フレッシュアッパー』と呼んでいた。どうやらそういう商品名らしい。


「それはもう飲まないから、私は大丈夫」

「そう? 今は王都でしか流通してないから、今買わないと損だよ」


 言葉巧みに商人は私にその薬を買うように誘導してくる。


「それは結構流通しているんですか?」

「こっちはごく一部の特別客だけ。お兄さんアーサーと旅に出るっていうユフェルさんだろ? 鎮痛作用もあるし、これは買いの商品だよ」

「うーん……」

「じゃあ3つ無料であげるから、気に入ったらまた買いに来て。沢山買ってくれるなら安くしとくよ」


 商人は強引に私のポケットに謎の薬を袋に入れてねじ込んできた。あまりの強引さに「ありがとうございます」と言うしかなく、とりあえずその場を離れることにした。


「王都は色々な物を売ってるんだなぁ……」


 等と感心しながら、改めてポケットから謎の錠剤を取り出してみる。

 袋を開けるとどことなく甘い匂いがした。先ほどの商人の口ぶりからかんがみて、恐らく高価なものなのでろう。試しに飲んでみようかと思ったが「アーサーの為にとっておこう」と考えて、私はその錠剤を再びポケットへとしまった。



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