第5話 情報収集




 アーサーの話の通り、まだ応募者の選定が数日続く見込みであったため、私は再度図書館で現魔王に関する本を棚からとって勉強に励んでいた。

 バリズは王都で食べ物の食べ歩きをして遊んでいるようで、図書館に行くと言った私にはついてこなかった。


 本を探している間、私が不在のレオニスの患者の事が頭にチラついた。彼らは私が長旅に出ても大丈夫だろうかと。一度レオニスに戻るべきかとも考えたが、十分な処置用具や薬は調合してきたことであるし、私は今しかできない情報収集を優先した。


 書籍名『歴代魔族と人間の関係』

 結構な厚みのある本であるため、重要そうなところだけ見ることにした。


 今までの魔王と人間の歴史は……簡単に話すと、戦争が何度もあって、その内休戦協定を結び、魔王の世襲制の撤廃によって魔王は投票制となり、民主主義になった。

 人間と魔族の歴史に革命をもたらした事柄であると言える。


 ――一方、人間の方は……


 人間の国王は未だに世襲制で、貴族と平民、貧民の階級がある。ちなみに私は平民だ。

 私も何度か訪問したことがあるが、王都の遥か南東に貧民が暮らしている無法地帯スラムがある。そこでは法が全く機能しておらず、人間の死体が転がっているのが日常になってしまっている。非常に痛ましい事だ。


 私が食べ物を持って訪問したら、あっという間に奪い取られるように全て持って行かれた。何なら、私の服まで全部毟り取られて奪い取られたこともある。命が残っていただけまだマシだ。実際に「命だけは取らないでおいてやる」と言われたこともある。


 そんな目に遭いながらも、私は時々スラムに物資を届けに行っていた。彼らは貧しい生活で心身ともに全員が弱っていっていた。特に目を覆いたくなったのは幼い子供たちだ。盗みが常習化し、他の町で盗みをして留置所に入れられて折檻せっかんを受けて元居たスラムに送り返されるということを繰り返している者も少なくなかった。


 精神的な問題を抱えている者も沢山いたし……語り始めたらキリがない。

 とにかく酷い場所だ。今も改善されていないだろう。魔族の国境から比較的近い場所にあって、親人間派の魔族から援助を受けているという話も聞いたことがあった。


 そんなことを思い出して私は深いため息をついた。

 それはそれとして、今は現魔王のことを調べなければならない。


 現魔王の名前はレオン。

 推定年齢は200歳以上。

 知性の高い鬼族で、人間に対して友好的な魔王であり、民主主義の魔族社会で絶大な信頼を得ている。老衰で次の魔王交代が囁かれているが、今も現役で魔族の指揮をとっている。

 近年では下位魔族への差別問題などに取り組み、知性の程度が低くとも迫害するべきではないと提唱。

 そして各界の研究をする者に対して資金を出し、研究職をしている者を大々的に支援。


 ――………………


 本当にこんな魔王が人間を奴隷化しようとするだろうかと私は顔を歪めた。

 それともこの本が真っ赤な嘘なのか。

 いくつか現魔王について書かれている書籍を見てみたが、どれもこれも同じようなことしか書いていない。現魔王の悪いところなんて、それこそ陰謀論者のゴシップ記事のような雑誌のコラムにほんの少し書かれている程度。


 ――いや、逆に……悪く書くようなことは禁止されているか、書いたとしても抹消されているか……


 この前の中年女性が「監視されている」と言っていた。そんな技術が本当にあるなら、意図的に消されている可能性もある。

 魔族と人間の関係は微妙なバランスで成り立っているから、悪く言うことは許されていないのかもしれない。


 魔族が書いたという本も図書館にはあるものの、人間を悪く言うようなことは書かれていない。それと同じなのだろうか。

 私は時間があったので、片端から本を漁ってみたが、やはり互いを悪く言うような書籍は見たところ全くなかった。


 ――全くないのは逆に不自然だ


 過去に戦争もあった。その記述は確かにあるし、過激派が双方にいるのにそれについて全く触れられていない。歴史としての記述は残っているのに、個人的な意見が挟まっているようなものはどこを探してもなかった。


 ――これは隠ぺい工作か……


「………………」


 私は読んでいた本を全て棚に戻すと、すでに1日を終えていた。

 夕暮れで空が橙色に染まっているのを見て、私は決意した。


 旅に出て、何もかも真実を暴き出そうと。



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