第4話 魔王打倒の理由
アーサーと合流したときに、声を聞くまで誰なのか分からなかった。
髪の毛を完全に帽子の中にしまっており、目以外の部位は殆ど服に隠れて見えていなかったからだ。
「すみません、こうでもしないと大騒ぎになってしまいますので……」
今、この王都にはアーサーに求婚した女性が多く集まっており、その女性たちに見つかるとそれで大騒ぎになってしまうとのこと。
張り合う訳ではないが、レオニスでは私もそこそこ顔が知れており、よく老若男女に声をかけられ人気者だった。だが、アーサーはその比ではなく、特に女性に対して人気が高いようだ。
勿論、あらゆる面でそれほどの人気になるのも分かる。まさに女性の理想を具現化したような存在だ。
仮に実力や家系の要素を除外しても、この美しい容姿だけでも女性はアーサーを放っておかないかもしれない。
そんなアーサーの隣を歩く私は、非情に肩身が狭いとすら感じた。
「近場でお肉の美味しいお店があるのです。そこに行きましょうか」
そうしてアーサー紹介の近場の食事処で食事をすることになった。
私は夕食時になって再び空腹感があったので、肉の焼けるいい匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。そもそもパフェはバリズに半分以上食べられてしまったので、空腹になるのは当然かもしれない。
席は目立たないように角の席を指定し、アーサーが他の客人に背を向ける形で座った。
口元を隠すようにしていた服を外すと、改めてその端整な顔が姿を現した。
こんなことを言うと誤解を招くかもしれないが、男の私が見てもアーサーは見とれるほど美しい顔立ちをしている。女性だけでなく、男性も彼の美しさに引き込まれてしまうかもしれない。
御心配なさらず。私はアーサーにときめいたりしていない。
「外では何とお呼びすれば?」
せっかく変装までしているのに「アーサー」と呼べばすぐに周りに気づかれてしまう。アーサーはそれほど珍しい名前ではないが、用心するに越したことはない。
「そうですね……では『ケイ』とお呼びください」
「ケイ?」
偽名にしては変わった名前だと私は思ったが、私とバリズは王都にいる間はアーサーを「ケイ」と呼ぶことにした。
「私はケイさんのおすすめの品をいくつか」
「俺も!」
「分かった」
ケイは少し声を変えるように店員に注文をした。注文したのは「ブラックゴートのステーキ」。ブラックゴートは草食の魔族で、牛や豚よりも高級な食材として最近魔族との交渉が成立して王都に流通し始めたところだ。
そんな美味しいものが食べられるとは、感激の一言に尽きる。
「“さん”はいいですよ。ケイ、とお呼びください」
「なら全員敬語は止めようぜ。堅苦しくて仕方ねぇや」
「わかった。これから旅をする仲間だからね」
敬語はやめていいとバリズに言われたが、私は癖のように敬語を使っているのですぐに辞めろと言われてもなかなか話しづらいと感じる。それでも、打ち解けようと私も敬語を辞めることにした。
「ケイ……その……何故、魔王を打ち取ろうとしているの?」
あまり大声で話すと周りに聞こえてしまうので、私は小さな声でアーサーに尋ねた。
「大きな声では言えないが……秘密は守れるか?」
私とバリズは顔を見合わせて首を縦に振った。
それを見たアーサーは話しづらそうにしながらも、小声で囁くように話を始めた。
「実は……現魔王は人間を奴隷にしようという恐ろしい計画を進めているんだ。それを止める為、私は魔王を打ち取りに行く」
私の耳の機能や、脳の機能の障害か何かが原因で理解できないのかと、一瞬本気で考えた。魔王の情報は大して持っていないが、そんな様子は少しもない。それはあくまで私の感覚によるものに過ぎないが、国王公認のアーサーは何か重要な情報を知っているのかもしれない。
「それってマジ……? 魔族とは結構友好的な関係を築けてるだろ? ブラックゴートの肉の提供だって魔族との協定があったからで……そんな素振りはないぜ?」
「国王の確かな筋の情報だ。だから、今の魔王が降りて別の魔族が魔王になれば、また平和になる」
私はそんな悪行を魔王が考えているという事を知って、言葉を失った。
過激派魔族の討伐なんて生易しいものではない。魔族と人間の歴史に決定的な皹が入ってしまうことになる。
そうすれば、いずれ戦争になってしまうだろう。
「そんな……全面戦争になりますよ?」
あまりのショックに、バリズが先ほど言っていた「敬語はやめよう」なんて言葉は頭からはじき出されていた。
「そうしない為に、私たちが現魔王を打倒して別の魔王を立てるんだ。親人間派の魔族で実力のある者がいる。現魔王を打ち取ったら、その者が魔王となる予定で水面下で動いている。このことが知られたら大混乱となるから、うっかり誰かに話をしたりしないように」
「はい……」
そこに、注文したブラックゴートのステーキが3人前運ばれてきた。
ハーブやスパイスなどの香りと、肉の焼けた美味しそうな匂いを、より強く感じた。空腹であるはずなのに、アーサーの話を聞いた私はすっかり食欲を失ってしまった。
バリズはステーキが届き次第、備え付けのソースをかけ、ナイフとフォークでそれを切って食べ始めた。
「めちゃくちゃ美味い!」
食べた感想を言いながらバリズは先ほどの会話なんてあまり考えていないようで、パクパクとステーキを頬張って食べている。
私もステーキを食べようと同じようにソースをかけて、ナイフとフォークを手に持って肉を切り分け食べ始めるが、どうにも食事が進まない。
「口に合わなかったか?」
アーサーは不安げに私の顔を覗き込んだが、そういう訳じゃない。確かにステーキは美味しかった。キュアフルーツのパフェもそうだし、ブラックゴートのステーキも、こんなに美味しいものはレオニスでは食べたことがなかった。
感動して目を輝かせてもいいところだったが、それより私は「人間を奴隷にしようとしている魔王」というものがショックで、それどころではなかった。
「いや、とても美味しいよ。ただ、先ほどの話で少し気が滅入ってしまったというか……」
「食わねぇのか? じゃあくれよ」
なにも私は「食べない」とは言っていなかったが、自分の分をぺろりと食べてしまったバリズは、私のステーキの皿を自分の方に寄せて勝手に食べ始めてしまった。
結局、私は一口しかブラックゴートのステーキは食べられなかった。
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