第2話 戦士との出会い




 この頃、奇病がいくつかそこかしこで蔓延していた。

 アーサーと一緒に旅に出たいと言っても、健康ではない者は一緒に旅に出ることはできない。だからアーサーは私の健康について聞いてきたのだろう。


 この王都ケデロンから遥か東の魔王城に向かうのに、徒歩で行くには1か月以上はかかる。馬を使って移動するという手段もあるが、馬で颯爽とかけ抜けていたら魔族に警戒されるということで、徒歩での移動をすることになったらしい。


 私も流行っているという奇病を何回か診たことがあるが、結局何が原因なのかは分からなかった。新手の感染症なのではないかと考えたが、どうにも感染症の類ではなかった。少なくとも私は患者に長時間接触したが発症していない。その周りの人たちも発症しなかった。


 医療の末端に携わる者としてその原因を調べたい気持ちもあった。奇病の原因は所説あったが、確定的なものは何もなかった。それに、治療法もまだ確立していない。

 奇病についても気になっていたが、今はアーサーと一緒に旅に出て、過激派魔族の牽制や退治に注力したいと考え、王都にある図書館で地図を調べたり、魔王についての情報を集めたりなどしていた。


 地理にはあまりさとい方ではなかった為、地図を見て改めて目指すべき方向を知ることができた。

 ほぼ楕円形の大陸が、私たちの住んでいるリベリア大陸。リベリア大陸の東側と、リベリア大陸の周りにいくつかある島が魔族の領土となっている。

 東側の一番端の出っ張っているところに魔王城があるらしいが、この大陸横断は年配の僧侶にはかなり厳しい。だからアーサーはある程度若いがそれなりの経験のある私を選んだのかもしれない。


 途中で町がいくつかあるが、魔王城にたどり着くには魔族の領土を突っ切る必要があり、そこには人間が堂々と休めるような町はない。

 特に魔族の領土に入ったら、魔王城に近づくにつれて反人間派の魔族が多く住んでいる。国境付近は親人間派の魔族が住んでいるらしいが、それでも互いの為にみだりに国境を超えないような制度を作っていたはずだ。


 互いに一時的に両者の協力をすることはあっても、そこには報酬というものを必ず挟む事という取り決めがあった。

 しかし、過激派の人間と、過激派の魔族は存在しており、小競り合いをしていることもあったと歴史の本には書かれている。今は沈静化されているが、そういった遺恨があるのも事実だ。過激派の魔族の話は数年程度は聞いていないが、今はどういう状態なのだろうか。


「よ。あんたが採用された僧侶のユフェルだろ?」


 私が本を静かに読んでいると、私の隣の席に小柄で筋肉質な男性が座った。見たところ、アーサーと同い年くらいの青年だ。赤毛の短い髪に軽い装備。手は何度も骨折したりしているのかいびつな箇所があった。筋肉質とは言っても、どちらかというと痩せている方で、無駄のない筋肉が程よくついていると言った方が正しいかも知れない。日焼けしている褐色の肌に、血管が浮いて見える。


「私がユフェルですが、貴方は?」

「俺はバリズってんだ。アーサーに引き抜かれた戦士。格闘大会で1位になったこともあるんだぜ。一緒に旅する仲間だ。ここに採用された僧侶がいるって聞いたから挨拶しに来た」


 満面の笑みで私にそう話しかけてくる。私とは対照的に明るい性格だと感じた。

 私がアーサーの仲間になったことは、昨日の今日で広く知られている事柄なのかもしれない。バリズ以外は私に話しかけてくることはなかったが、考え直してみるとふとした瞬間に視線を感じることは何度かあった。確かに、図書館で静かに本を読んでいる私に話しかけてくるのも勇気のいる事だろうか。


「わざわざご足労いただきありがとうございます」

「何読んでんの?」

「地図や、魔王の特徴など、色々下調べを……」

「ユフェルは真面目だな。流石僧侶」


 パラパラと私の横に詰んであった本をめくりながらバリズはそう言った。


「バリズさんは――――」

「あぁ、“さん”とかいいから。バリズでいいよ。俺もユフェルって呼ぶし」


 初対面にしては距離感が非常に近いなと感じたが、友好的に接してくれるのであればこちらとしてもありがたいと考え、私も笑顔を作って返事をした。


「ここだと他の利用者の方もいらっしゃるので、外でお話しましょうか。本を片付けてきますので、少々お待ちください」

「あいよ。じゃ、俺は入口で待ってるから」


 バリズは手をひらひらと振って図書館の入口に向かって歩き出した。その背中を見送ってから私は元あった場所に本を戻した。


「あ……あの……」


 私が本を棚に戻していると、中年女性に声をかけられた。ボロボロの服を着ており、近づいてくるとどことなく強い体臭がしてくる。何やら口をもぐもぐさせており、何か食べている様子だった。

 一応、図書館での飲食は禁止だが、その中年女性は手に何も持っていないし、食べ物の匂いもしなかったので、それをあえて指摘はしなかった。


「はい、どうかされましたか?」

「ここは……国からも魔族から監視されてるから、本を選ぶ時は気を付けた方が良いですよ」

「え……?」


 私にこそこそっと耳打ちした中年女性は、ずっと口をもぐもぐさせながらその場を去っていった。


 ――本を監視……? そんな凄い技術が王都にあるのか……今度アーサーに直接聞いてみようか


 ――でも、アーサーは国王に精通しているし、直接的に聞くのはまずいか……


 しかし、何故あの中年女性はそんなことを知っているのだろうか。

 そう考えて女性を捜したが、その女性はもうどこにもいなかった。何とも言えないもやもやした気持ちになりながら、入口にいるバリズの元へと向かう。


「お待たせしました」

「おう。腹減ってる? 王都は色々食い物屋あるからいいよなぁ」

「バリズはどこの出身なんですか?」

「俺はこっから西の方角にあるラフェテンから来た」

「確か、キュアフルーツが有名な場所でしたよね」


 キュアフルーツとは、数年前から人気の果物だ。見た目としては林檎りんごや梨に近いが、栄養価がとても高いことが最近分かって、爆発的ブームになっている。


「そうそう! 王都にキュアフルーツの上手いパフェの出る店があるらしいから行こうぜ。甘いもん平気?」

「はい。大丈夫です。そのお店まで連れて行っていただけますか?」

「任せとけ!」


 そうして私はキュアフルーツのパフェが食べられるお店にバリズと一緒に向かった。



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