第一章 勇者との出会い

第1話 勇者との出会い




 私の名前はユフェル。

 僧侶をしている28歳で、レオニスという町の小さな教会で訪ねてくる患者を診たり、葬式があれば祈りを捧げに行ったり、そんな生活をしている。

 もう妻をめとって家庭を持って落ち着いた生活をしたいと思うところはあるものの、仕事がなかなか忙しいし、なかなか……なんて、言い訳しているだけで本当は私は妻を娶って家庭を持つなんて、できないんだろうなと薄々感づいている。

 別に顔も端整だと言うつもりはない。肉体ももう年齢的なものでちょっとだらしなくなっているような気がする。太らないように気を付けてるが、こんな娯楽の少ない生活を続けていると食べる事が唯一の楽しみで、どうしても制御は難しい。


 そんな話はさておいて、重要なことを話さないといけない。


 私が28歳になった頃、人間と魔族の関係に大きな転機が訪れた。

 貴族の生まれのアーサーという男性が魔王を倒そうと言い出したのだ。

 何故かは詳しいことは分からない。ただ、そんな噂が私の町にも届いた。


 今まで、人間と魔族はそこそこ上手くやってきた。

 勿論上手くいかないこともあったけれど、でも互いに協力関係もあるし、対立することもある。それは人間社会の中で人間と人間が争ったり、喧嘩したり、対立したりしたりするのと大して変わらない事であったが、私は僧侶という立場上、魔族に家族を殺された人たちを何度も見てきた。


 だからなんだという訳ではない。

 人間が人間を殺すこともあるが、人間が人間を殺したからって「人間を滅ぼそう」とか「人間が憎い」という事にはならないが、人間が魔族を殺したり、魔族が人間を殺したりすると途端に「人間を滅ぼしたい」とか「魔族はしつけがなってない」とか、そういう見方になってしまうのは悪い傾向だ。

 だが、実際に過激派の魔族を魔王が放置しているのも事実。

 かといって人間の王様が人間を全て統一できているかと言ったら、それも疑問が残る。

 人間にも過激派はいるし、お互い様である部分はある。


 それでも、私は過激派の魔族に殺された遺族の悲痛な叫びを聞いてきた。


 私も、アーサーという貴族が魔王を倒すなんて大それたことを言い出さなければ、何もしようとしなかっただろう。

 アーサーは魔王を倒すべく仲間を募っているらしい。その募集要項が噂の少し後に正式に町に届いた。


 私は、ずっとこのレオニスの町の教会で仕事をして、妻を娶ることもなく、老いて、何も残さず、そして死んで、何の変哲もない小さな墓石を上に立てられて、そうして誰の記憶にも残らず消えていく寂しい命なのだと思っていた。

 そんな私に、この世を良くする転機が訪れたのだと本気で信じた。魔王を倒すというのは少し私の趣旨とは違うが、過激派の魔族の牽制を頼みたいところだった。

 魔王にはそう簡単には会わせてもらえない。勿論、人間の王にもだ。それは魔族も人間も同じ。

 しかし、この魔王を倒すというアーサーは王様の公認の存在であった。だから王様とも謁見できるし、王都に行けば謁見も含めて魔王の情報を得ることもできる。


 この世の中を少しでも良くしたい。


 そんな気持ちから私はレオニスを出て、アーサーと国王のいる王都に行った。


 そこには多くの人たちが集まっていた。

 皆、アーサーと一緒に旅に出たいから集まった人たちだった。

 大勢で魔王を倒しに行くのは、大々的に人間と魔族の戦争の危険があるために、少数精鋭で行くという国王の方針で、優秀なものしかアーサーに同行できなかった。

 実際、アーサーは強力な魔法の素質があって向かうところ敵なしという強さを誇っていた。だから国王もその才能を見込んで魔王討伐に踏み切ったと思われる。


 面談には長い待ち時間があった。時間にしたら……正確な時間は測っていないから分からないが3時間以上だったと感じる。その待ち時間を経て、やっと私の番が来た。

 王宮の王座の間で、その時初めてアーサーと会った。


 アーサーは端整な顔立ちをしており、スラッとした背格好、身長も平均より高い。肌は白く、金色の髪は混じりけのない美しい金色だった。目は綺麗な青色で吸い込まれるような瞳というのはこういうものかと感じた。

 外見が美しいだけではなく、魔法の才もずば抜けており、幼少の頃から頭脳も明晰らしい。

 天は二物を与えないというが、こんなに恵まれている人間がこの世にいるものかと思った。産まれも貴族で何不自由なく暮らしてきたような様子だった。

 歳は20歳らしい。

 王様と、その少し前の下段の席にアーサーが座っていた。


「お名前とご職業をお願いします」

「私はユフェルと申します。ここから南方にあるレオニスという町で僧侶をしております」

「ほう。レオニスの僧侶の噂は聞いたことがある。遠方からわざわざレオニスに赴く者もいると聞いている程の腕前だと」


 王様の耳にまで私の仕事ぶりが届いているとは思わなかった。確かに遠方から私を訪ねてやってくる患者もいたが、それが王様に認識されているというのは光栄なことだった。


「光栄です」

「ユフェルさん、いくつか伺いたいのですが」


 手元の書類を見ながらアーサーは私の名前を口にした。その声はまるで鈴を転がすような声であった。


「はい」

「過酷な旅になると思いますが、お身体は大丈夫ですか?」

「問題ありません。介護も行っておりますので体力にも自信がございます。持病もありません」

「何故魔王討伐に行きたいのですか?」

「私は魔族によって家族を殺された人たちの心のケアをずっと行ってまいりました。その言葉を聞くたびに心がとても痛みます。魔族も過激派がいるだけで、他の魔族とは友好的な関係であるとは分かっていますが、過激派の魔族を止めたいと願っているのです。魔王なら過激派の魔族を止めることができるのではないかという考えもありますが、旅をする中で過激派の魔族を討伐し、この世の中を平和にしたいのです」


 私の話を、アーサーと王様はうなずきながら聞いていた。


「そうですか」


 パタリ……


 と私の書類の資料を閉じて、王様と目を合わせて少し何か話をした後、アーサーは私に向き直って言った。


「ユフェルさん、私は貴方を採用します」


 ――……え?


 あまりにもあっさりと、アーサーと魔王打倒の旅の採用が決まった。



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