第35話 青色の浴衣を着ていたのは……私じゃなくて……



「おはようございます」


 私は、教室の扉を開ける。それから中にいる人たちに挨拶をしつつ、教室の仲へと入る。

 今は夏休みだけど、私にとっては登校日だ。


 風紀委員の仕事で、何日か学校に来る日があるからだ。


晴嵐せいらんさん、おはよう」


「おはようございます」


 先にいた先輩に挨拶をして、私は手近な机に鞄を置く。

 外では、夏休み中でも運動部の人たちが、元気に声を出して活動している。


右希うきちゃん、おはよー!」


「! おはよう、亜紀ちゃん」


 席に座り、開始の時間まで待っていると、私の名前を呼ぶ声がした。

 そのすぐあとに、後ろから誰かに抱き着かれる。誰か確認しなくても誰かわかるけど、一応確認。


 振り向くと、そこには委員会の仕事で仲良くなった同級生の亜紀ちゃんがいた。

 眼鏡っ子の彼女は人懐っこく、私にいろいろと話しかけてくれる。


「よー右希、はよー」


「おはよう、花梨ちゃん」


 亜紀ちゃんの隣にいるのは、同じく同級生の花梨ちゃんだ。

 男勝りな性格で、口調も男みたい。だけど名前は"かりん"とかわいらしい。


 そのことを言うと、本人は怒るんだけどね。


「相変わらず早いな、お前は」


「たまたまだよ」


 夏休み中は、部活動や委員会に入っていない人は基本的に学校に行くことはない。

 たっくんや左希さきと一緒にいる時間が減るのは残念だけど、学校の友達と会うのも私にとっては重要だ。


「そういえば右希ちゃん、最近彼とはどーなのー?」


「おい亜紀」


 人懐っこい亜紀ちゃんは、人の恋愛話に興味津々だ。いや、人懐っこいかは関係ないか。

 私がたっくんと付き合っていることは、亜紀ちゃんだけでなくほとんどの人が知っている。


 後になって知ったことだけど、たっくんに告白したあの桜の木は、この学校で語り告げられている伝説の場所らしい。

 そんな場所で告白したものだから、いつの間にか話が広がっていた。


「いいよ花梨ちゃん。というか、そういう花梨ちゃんも聞きたそうな顔してるよ」


「そりゃあ……気にならないったら、嘘になるしな」


二人は、ただ野次馬根性で私の恋愛話を聞きたいわけではない。いや、そのよう裳もなくはないだろうけど……

 それ以上に、私のことを心配してくれているのだ。


「で、どうなの? そろそろちゅーした!?」


「おい」


「あはは……」


 実は二人には、私の恋愛相談に乗ってもらったりしている。

 特に、花梨ちゃんには彼氏がいる。年上の、それも大学生らしい。


 そういう彼氏持ちの意見も聞きたくて、ちょくちょく相談している。

 なので、付き合い出して三カ月経っても進展がないことを、相談していたのだ。


「三カ月ったら、もうヤッててもおかしくないだろ」


「!?」


「そうなの!?」


 今更になって、こんな話をこんな場所でしてもいいのだろうかと、心配になる。

 一応、声を抑えてはいるけど。


「え、確か花梨ちゃんって、付き合ってもう一年だって……キャーッ!」


「黙れバカ。私が言ってるのは高校生になっての話で……いや私の話はいいんだよ」


 キャーキャーと盛り上がる亜紀ちゃんの頭を叩く、花梨ちゃん。

 ヤ、ヤるって……なんかすごいこと言われちゃったなぁ。


 わ、私とたっくんは、その……清い、関係なわけだし……

 …………な、わけだし。


「いたーい。

 それで、どうなの右希ちゃん! 夏祭りなら、絶好のシチュエーションじゃない!?」


 身を乗り出して聞いてくる亜紀ちゃん。

 実は、夏祭りに行動を起こすのはベストだとアドバイスをくれたのは、亜紀ちゃんだ。


 花梨ちゃんにはプールでもアドバイスされたけど、左希があんなことになってそれどころじゃなかったし。


「えっと……実は、うん」


「えーっ、ホント!?」


「ちょっ、声大きいからっ」


 私は恥ずかしく感じながらも、正直にうなずく。

 すると亜紀ちゃんは、まるで自分のことのように喜んでいた。恥ずかしいけど、なんだか嬉しい。


 状況を詳しく教えてとせがまれる中で、なんだかにやにやしている花梨ちゃんの姿が気になった。


「な、なに花梨ちゃん?」


「いやぁ、やっぱりあれは右希だったんだなって思ってな」


「えっ」


 腕を組み、意味深な言葉を並べる花梨ちゃん。

 それってまさか、私がたっくんにキスをしたところ、見られてたってこと!?


 う、わ! すごい恥ずかしいんだけど!

 ちゃんと人がいないのは、確認したのに! どこかで見ていたんだ!


「へー、花梨ちゃんもお祭り行ったんだ。言ってくれればよかったのに」


「彼氏の時間ができたから、急遽行くことになったんだよ」


 ぶーぶーと抗議する亜紀ちゃんに、花梨ちゃんは素知らぬ顔だ。

 そして、私を見る。


「しかし、驚いたぞ右希。お前があんな大胆な……いや、告白自体大胆なものだったんだし、考えてみれば不思議でもないか」


「あっははは、見られてたなんてお恥ずかしい。でも、いったいどこから……」


「どこもなにも……まあ、そりゃ気づかないよな。あんな"人込みの中から知り合いが見ていた"なんて」


「そっか、人込みの…………」


 ……あれ? なんかちょっと、おかしくない?

 私は確かに、たっくんにキスをした。でもそれは、花火がよく見える場所で、周囲は人込みどころか誰もいなかったはずだ。


 いったい、花梨ちゃんはなんの話を……


「人込みでじっくり見えたわけじゃないし、彼氏の顔もよくは知らんが……お前の顔は、ちゃんと見えたぞ。

 あの日、"薄青色の生地に白い紅葉みたいな模様"のある浴衣を着ていただろう?」


「…………」


 薄青色の生地に白い紅葉みたいな模様の、浴衣……? 私が、その日それを着ていた?

 違う、違うよ亜紀ちゃん。私がその日着ていたのは"紺色に白い花びらが散りばめられた"浴衣だよ。


 青色の浴衣を着ていたのは……私じゃなくて……


「しっかし、いくらなんでもあんな人がたくさんいる場でキスをするとは……まあみんな、自分たちのことに夢中で、気付いていなかったみたいだが。

 それでも誰に見られるかわからん。ああいう場所でするのは、やめたほうがいいぞ」


「……うん、そうだね。ごめんね、ありがとう」


 その直後、風紀委員長が教室に入ってくる。

 私はにっこりと笑顔を浮かべて、花梨ちゃんにお礼を言った後……姿勢を正して、前を向いた。

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