第36話 左希ってさ……俺のこと、好きだったりする?



「んぁー、終わったぁ!」


「はい、お疲れさん」


 アタシは、目の前の課題が終わったことに両手で万歳をして、床に寝転がる。

 カーペットが敷いてあるので床に直ではない。けど、薄い生地だからちょっと痛い。


「ほら左希さき、そんなごろごろしない」


「いーいじゃん、課題終えたアタシを褒めてよー」


右希うきはもっと早く終わってたけどな」


「ぶー」


 せっかく課題を終えたのに、褒めてくれない先輩を前に私は、唇を尖らせ抗議する。

 なんだよー、ちょっとは褒めてくれてもいいじゃんかー。


 そう思っていると、頭にあたたかな感触があった。

 アタシの、大好きな……先輩の、手だ。


「ふへへ……」


「まー、がんばったよ。よしよし」


 なんだかんだ言って、先輩は褒めてくれるんだよな。


「せんぱーい、もっと撫でてー」


「へいへい」


「膝も貸してー、膝枕してー」


「へいへい」


 先輩にとっては、妹に対するそれ……なのだろうか。

 それでもいいなんて、思ったことは……一度もない。でも、先輩に振り向いてもらえず、離れてしまうくらいなら……このままの関係で、よかった。


 それが、どうだ。お姉ちゃんが先輩に告白して、二人の関係は恋人になって。

 アタシは、焦ったのかもしれない。だから、あんなこと。


「右希は委員会の仕事、いつ終わるんだろうな」


「……どうだろうね」


 今日この時間は、お姉ちゃんはいない。

 アタシと先輩の、二人だけだ。


 いっそ、聞いてみようか。先輩はアタシのこと、どう思っているのか。妹としてか、女としてか。

 それとも……お姉ちゃんの、代用品としてか。


 お姉ちゃんと先輩の幸せを願っているはずなのに。

 アタシは"あのとき"……自分の胸が押しつぶされそうになるのを、感じた。


「先輩はさ……」


「んー?」


「……なんでも、ない」


 お姉ちゃんも先輩も、知らない。アタシが、二人がキスをしていた場面を見ていた、なんて。

 あのときの私は、本当に思っていた。お姉ちゃんと先輩の距離が縮めばいいと。


 元々、そのつもりで先輩に関係を迫ったのだ。

 だから、アタシが席を外すことで、なにかしらの進展があればいいと思った。


 でも、せいぜいが手を繋ぐ程度だろうと、思っていた。

 まさか、あんな……しかも、お姉ちゃんからの、キスなんて。


「……」


 先輩の、唇を見る。

 最後にあそこにキスをしたのは、お姉ちゃん。何度も何度も口づけをしていた。……っ……


 アタシは……先輩の初めても、ファーストキスも奪ったのに。

 アタシはどれだけ、欲張りなのだろう。


「左希、さっきから静かだな。疲れちまったか?」


「ん……そうかも」


 アタシが、お姉ちゃんの代わりではなくアタシとして抱いてくれと迫ってから。アタシたちは、関係を持っていない。

 あんなことを言ってしまった以上、どうしていいのかわからなくなったからだ。


 もういっそ、自分の気持ちをぶちまけてしまった方が、楽になるのだろうか。

 自分の気持ちが、報われることはない。玉砕して、はいおしまい……


 戻れるのだろうか。今更、元の関係に。


「なあ、左希。変なこと聞いていいか?」


「なあに?」


「左希ってさ……俺のこと、好きだったりする?」


「……」


 …………ちょっと待って。

 いきなりなにを言っているんだ、この人は。


 本当なら、顔が真っ赤になって慌ててしまう場面なのだろう。

 だけど、今回のは衝撃が先に来て、驚きからそんな暇はなくなってしまった。


「……そんなわけ、ないじゃん」


 アタシはなんとか、言葉を返した。

 大丈夫だよね、ちゃんと言えたよね。声は、震えてなかったよね。


 あのときの台詞、やっぱり覚えていたのか。それなら、この疑問も仕方ないのかもしれない。

 なんとかごまかした、アタシの言葉を受けて、先輩の反応は……


「そ、そっか……そうだよな。悪い、変なこと聞いちまった」


 あっけらかんと、そう言った。


「……」


 その瞬間、アタシの中には言いようのない感情が、生まれた。


 よかったじゃないか。自分の気持ちがバレなくて。

 あんなことを言って、アタシの気持ちがバレたら、誰も幸せにならない。先輩が鈍感で、本当に良かった。


 そのはず、なのに……


「? 左希、どうかし……って、左希!?」


 なんだろう、この異様にむしゃくしゃした気持ちは。

 アタシは首を動かし、頭の位置をずらす。そして頭の後ろにあった先輩の膝と、対面する形に。


 そのまま手を伸ばして、先輩のズボンのチャックを、ずらしていく。


「お、おい左希? 悪ふざけは……」


「いいじゃん、久々にシようよ……練習」


 あぁ、だめだ。もう自分の気持ちも、わかんなくなってきちゃった。

 この気持ちがバレなくて安心した……はずなのに。どうしてこんなに、イライラしているんだろう。


 アタシは……!?


「左希……!」


「う、わぁ……先輩、もしかして期待してた?」


 チャックをずらし、そして下着もずらす。

 まだなにもしていないのに……もしかして先輩、アタシに女としての魅力を感じている?


 もし、そうだったら……

 ……っ、いけないいけない。今のアタシは、お姉ちゃんの代わりなんだから。


「じっとしてて……たっくん」


 慌てる先輩をよそに、アタシは言う。これは、練習だ。

 先輩は、なにも気にしなくていい。アタシが勝手に、やっているだけなのだ。


 ……でも、先輩は抵抗しないんだ。先輩がなにを考えているのか、アタシにはわからない。


 ……それも、当然か。

 だって、自分がなにを考えているのかさえも……わからないのだから。


「あぁー……」

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