第34話 えへへ……しちゃった



「わ……」


 大きな花火が、夜空に打ち上がった。

 激しい音を立てて、大きな花を咲かせる。暗がりだった周囲に、少しの光が灯る。


 俺も右希うきも、その花火をただ見上げていた。

 当然、花火は一発だけではない。続けざまに、何発もの花火が打ち上がっていく。


「きれい……」


 音を立てて花を咲かせる花火を見て、うっとりとした様子で右希は言葉を漏らした。

 その横顔に、俺は思わず見惚れてしまう。


 胸の奥にまで響く花火の音……それとは別に心臓を打つ、このうるさいほどの音は、なんだ。そんなの、考えるまでもない。


「まったく、左希さきったら。花火始まっちゃったよ」


「! あぁ、そうだな」


 つい右希の横顔に見惚れていた俺は、その言葉にはっとする。

 この場にいない左希は、トイレに行くからと離れたままだ。結局、間に合わなかったか。


 せっかく、三人で花火を見れると、思っていたんだけどな。


「あ、そうだ右希。さっき、なにを言おうとして……っ……」


「……」


 花火のせいで中断されてしまった、先ほどなにかを言おうとした右希。

 その言葉を聞きなおそうと、右希に言葉を投げたが……それは、最後まで言うことはできなかった。


 俺の口が、閉じられたからだ。

 それは俺の意思ではない。別のものによって、俺の口が塞がれたからだ。


「……んっ」


 小さく声を漏らすのは、俺の目の前にある顔……右希のものだ。

 なぜ、右希の顔が目の前にあるのか。それは、口に感じるこの柔らかな感触を想えば、すぐにわかる。


 右希が……俺に、キスをしているのだ。


「……っ、はぁ」


「う、右希……」


 どれだけ、繋がっていたのか。実際には数秒となかったはずだが、それはとても長い時間のように感じられた。

 唇同士が離れ、触れていた熱が消える……いや、まだほんのりと残っている。


 少し顔を離し、右希は……俺の目を、見た。

 顔が赤いのは、花火で周囲が照らされているから……ではないだろう。


「右希、今のは……」


「えへへ……しちゃった」


「!」


 自分の唇を指先でそっとなぞる右希は、照れくさそうに笑った

 その仕草に、笑顔に、俺の胸は高鳴った。


「これが、キス……なんだね。ふふ、ソースの味がする。私がいない間に、たこ焼きでも食べてた?」


「えっ……あ、あぁ、まあな」


「もう、ずるいなぁ」


 うっとりした様子で、キスにより感じた味……その感想を述べる右希に、俺の胸は別の意味で高鳴った。

 ソースの味、とは……先ほど、左希にキスをされた際に、ついたものだろう。


 俺の心には、確かな幸福感と……それ以上の、罪悪感が生まれつつあった。

 だめだ、これは……これ、以上は……


「右希、実は……!」


 ここで、左希との関係をぶちまけてしまおうか……そう悩む俺の口には、再び右希の唇が押し付けられた。

 それは、先ほどのように触れ合うだけのもの……だが、先ほどよりも強く、押し付けるものだ。


 右希から感じる、力強さ。いつの間にか俺の背中には右希の腕が回され、抱きしめられていた。

 一度離れた唇は、再び繋がる。


 その、とろけそうな感覚に……俺の脳みそは、本当に溶けてしまいそうにすら感じていた。


「たっくん……たっくん……!」


「右希……んっ……」


 俺を求めてくる口づけを、俺は拒むことができない。

 いつもおとなしめの右希からは想像できないほどに、積極的な口づけ。俺を求めていると体で言っているようなその行動に、俺の鼓動は高鳴る。


 それから、しばらく……花火が終わるまで、右希からの口づけは続いた。


「んっ……はぁっ……」


「ぷぁっ……はぁ、はぁ……う、右希?」


「……これが、キスなんだ」


 唇は離れても、お互いの鼻先がくっつくかどうか、という位置にいる。

 そのため、互いの吐息が口にかかり、なんだかぞくぞくする感覚がある。


 これで最後、というように、ちゅ……と軽く触れるだけの口づけをして、右希は顔を離していく。


「っ、ご、ごめんねいきなり……」


「あ……いや、全然……」


 俺のことをじっと見つめていた右希だが、うつむくようにして顔をそらされてしまう。

 だが、それは嫌がってのものではない。照れていて、顔が見れないのだ。


 そんな右希の仕草がかわいくて、俺の方も照れてしまう。


「謝ることなんて、ない。むしろ、俺からやることだったよな、こういうことは……」


「う、ううん。そんなのは関係ないよ。私が、し、したいとお、思ったから……っ」


「そ、そっか……」


 なんだろう、うまく言葉が出てこない。

 右希と恋人になってから、妙に意識してしまう時はあったが……これは、そのとき以上だ。


 とはいえ、俺も嫌だったわけではない。むしろ嬉しい。しかも、右希からしてくれたのだ。

 求められているのだということがわかって、すげー嬉しい。


「あ、さ、左希ったら、戻ってこないね」


「そ、そうだな。花火、終わっちゃったのにな」


 不自然な会話になってはいないだろうか。ちゃんと会話を、出来ているだろうか。

 左希は気を利かせて、俺と右希を二人きりにしてくれたのだろう。そして、今回の進展は左希の気遣いをうまく活用できたと言える。


 ……だが、まだだめだ。


「あの、さ、右希。左希が戻ってくる前に……今度は、俺からいいか」


「!」


 右希に、してもらった。右希からしてくれた。

 嬉しいが、これではだめだ。これでは、右希から一府的にした形になり、俺の気持ちは伝わらない。


 だから、俺の気持ちを伝えるためにも……今度は、俺からする番だ。


「……うん」


 右希は、驚いた様子で……だが、嫌がる素振りはなく、うなずいた。

 そして、ゆっくりと俺に顔を向け……目を、閉じた。


 俺は、右希の頬に触れそっと撫でる。

 柔らかい……手を動かすたびに、ぴくっと反応を見せてくれるのが、かわいい。


 周囲は暗く、誰もいない。お互いの顔色も、この距離にいて見える程度だ。

 暗がりで、よかったような残念なような。自分の顔が赤くなっているのを見られるのは恥ずかしいが、右希の顔を見られないのは残念だ。


「右希……」


 そして、今度は俺の方から顔を近づけ……右希の、柔らかな唇に自分の口を、重ねた。

 柔らかく、そして熱いものが……右希の唇を通して、伝わってきた。






「………………」

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