第31話 両手に花だなこのこの



「おー、結構にぎわってるな」


 右手に右希うきの手を、左手に左希さきの手をそれぞれ握り、俺たちは目的地の夏祭り会場にたどり着いた。

 少し前から屋台がちらほらと並んでおり、人でにぎわう場所にはたくさんの屋台が並んでいる。


 わたあめ、射的、金魚すくいと……夏祭りの定番とも言われるものが、並んでいた。


「わぁー!」


 人でにぎわう様子を見て、左希は目を輝かせた。

 左希はこういうところはウキウキだろうな。活発な彼女は、楽しい所が大好きなのだ。


 一方で右希は、あまり人が賑わう場所は好きではない。人が嫌いなわけではなく、おとなしい彼女にとって接しにくい場所なのだ。

 とはいえ、本質はやはり、楽しいことが好きだ。


「賑わってるね……家族連れや、カップルが多いみたい」


「まったく先輩ったら、こんな美少女二人も連れて、両手に花だなこのこの」


「あははは……」


 あまり気にしないようにしていたが、左希の言葉に嫌でも意識してしまう。

 右希と左希、二人はかわいい。学校でも、入学して三ヶ月経つがその話題は尽きない。


 そんな二人が、今俺と手を繋いで隣にいるのだ。

 学校の奴らには見せられないな……いやまあ、近くで祭りをやっているんだから学校の人間がいても不思議じゃないんだが。


 ……それにしても。今俺、右希と手を繋げているよな。今まで、繋ごうとしてもなかなか繋げなかったのに。

 原因は、わかっている。これから手を繋ごうと意識すると、繋ぎにくくなってしまうものなのだ。


 だが、左希と繋いでおいて右希だけ繋がないわけにもいかない、という気持ちと……先に左希と繋いでいたから、下手に意識しないで済んだ、というのはあるかもしれない。


「まず、なに食べよっかぁ」


「早速食い物だな左希は。別にいいが」


 屋台でたこ焼きを焼いたり、焼きそばを焼いたり。あちこちから料理の音が聞こえてくる。

 周囲に漂うにおいが、食欲を誘う。


 不思議だ。祭りの屋台で売っている食べ物は、ついつい買いたくなってしまう。

 冷静に考えれば高いと感じるものでも、構わずに買ってしまう。祭りという空気が財布の紐を緩ませ、そうさせているのだ。


「アタシ、あれ食べたい! 行こう先輩!」


「おっとと。急に進むなよ。右希、手を離すなよ」


「う、うん」


 人混みに押されてしまうほど多いわけではないが、はぐれてしまっては面倒だ。

 スマホで連絡を取れるとはいえ、そもそもはぐれないに越したことはない。なので、右希の手をしっかり握る。


 柔らかくて、小さな手。あたたかな感触に、俺の鼓動はトクンと動いた。


「んーっ、焼きそば美味しい!」


「ごめんねたっくん、出してもらっちゃって。ありがとう」


「まあ、俺がっていうか母さんからの小遣いだけどな」


 まずは焼きそばを買い、三人で並んで食べる。

 こうして歩き食いをするというのも、祭りの醍醐味だろう。行儀はよくないが、こういうときくらいは無礼講だ。


 他にも、目移りするものがたくさんある。


「あー、あれもおいしそう! あれも面白そうだし……うわぁ!」


「少しは落ち着けっての」


「だってぇ」


 本当に、左希は祭りごとが好きだな。

 時間としては、あと一時間と少しで夏祭りの名物、花火がある。それを見るまで、せいぜい楽しむとしよう。


 それから、屋台で食べ物を買ったり射的をしたり、金魚すくいをしたり……それなりに満喫したように思う。

 左希も、楽しんでいるし……これで、プールの一件を少しでも忘れてくれれば、いいんだけどな。


 右希とは事前に、左希が楽しめるようにしようと相談していた。

 なので、左希がやりたいことは基本的に断らないつもりだ。それに、左希が笑ってくれれば俺も右希も楽しいしな。


「わっ」


 だが、周囲に夢中になっていた左希は誰かと肩がぶつかり、よろける。

 俺はとっさに手を伸ばし、左希が倒れてしまわないように手首を掴む。


「おいおい、大丈夫か。楽しむのはいいけど、周りもちゃんと見ろよ」


「ぁ……う、うん、ごめんね。ありがと」


 左希はお礼を言いながらも、なぜか俺の顔を見ようとしない。

 なんだろう。こういうときなら、笑いながら「ありがと~」と言って俺の顔を見て詰めてくるものと思っていたが。


 すると、後ろから「きゃっ」と声が聞こえた。

 右希のものだ。まさか、左希と同じように転びそうになってしまったのか。俺は、振り向く。


 右希は、バランスを崩しているわけではなかった。が、その場で立ち止まり足下を見ていた。


「どうかしたか、右希」


「あ、えっと……鼻緒が、切れちゃったみたいで」


 右希は苦笑いを浮かべつつ、足下を指差した。

 鼻緒とは、下駄についてる足を固定するやつだったか。それが、確かに切れていた。


 あれが切れてしまっては、歩くのに不便だ。


「あちゃあ、お姉ちゃんったら、慣れない下駄ではしゃぎすぎたんじゃない?」


「左希には言われたくないよー」


 元気に歩き回っている左希の下駄の鼻緒が無事なのは、まあ置いといて……

 このままじゃ、うまく歩くことすらできないよな。


「しょうがないんだからお姉ちゃんは。ほら先輩、ここは彼氏として……」


「ほら、右希。おぶれ」


「……え?」


 俺は、右希に背を向けた状態で屈む。

 右希が歩けないとなれば、俺がおんぶするしかないだろう。


「え」


「ん、左希今なにか言いかけたか?」


「……別に」


 なぜだか右希も左希も驚いた様子だが……

 これが一番、効率がいいはずだ。俺は無言で、右希に背中を差し出す。


「……お、重いよ? 私」


「んなの、やってみなきゃわからないだろ」


「……うん」


 少ししてから、俺の肩に右希の手が置かれて……一気に、背中に体重が乗せられる。

 俺は重心を崩さないよう、しっかりと踏ん張り……右希の存在が背中に感じられたのを確認してから、腰を上げる。


 人一人を持ち上げるとなったら、それなりの力が必要だ。もっと筋トレとかしとくんだったな。


「お、重くない?」


「これくらいなら、問題ないかな」


「そ、そっか」


 これは強がりではないが、情けないことにあまり長い時間はおぶれそうにない。

 それは力的な問題と……背中に押し付けられる、右希の女の子の部分的な意味で。


「とにかく、落ち着ける場所まで行こう」


「……そ、うだね。アタシが、先導するね」


 近くにベンチでもあればいいんだが。ともかく、ここから離れた方が良さそうだ。 

 先導を申し出てくれた左希に従い、俺は進む。


 ただ……なぜか、偶然かはわからないがさっきから表情を見せてくれないのが、気になった。

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