第三章 もう戻れない関係

第30話 すごく似合ってるよ



「さて、そろそろか」


 俺はスマホを開いて、時間を確認する。

 時刻は夕方四時を回ったところだ。現時刻は夏祭りが開始した時間であり、そして待ち合わせの時間でもある。


 待ち合わせ相手は、右希うき左希さき。二人とは、待ち合わせて夏祭りに行く約束をしている。

 待ち合わせとは言っても、家に二人が来る時間である。


 その理由は、二人がウチで浴衣の着付けをするからだ。

 着付けは母さんに頼んでいるため、二人はウチで着付けをしてから、一緒に祭りに行くわけだ。


 そうこう考えていると、インターホンが鳴る。


「こんにちはー」


「お世話になります」


「はい、いらっしゃい」


 二人を出迎えたのは母さんだ。そして早速というように、二人を連れて一室に消えてしまった。

 着付けが終わるまで、俺は立ち入り禁止ということだ。


 さすがに着替え中覗くようなことはしないし、浴衣姿が楽しみでもある。

 まあ、去年と同じものだろうから、真新しさは期待できないが……高校生になった二人の浴衣姿は、楽しみだ。


 それからしばらくして、着付けが終わった二人が俺のところにやって来る。

 その姿を見た瞬間……俺は、言葉を失った。


「ど、どうかな、たっくん」


「先輩、変じゃないかな」


 それぞれ、浴衣に身を包んだ二人が俺に、感想を求めてくる。


 右希の浴衣は紺色で、白い花びらが散りばめられている。というか、去年の浴衣ではない。

 それに、彼女の髪型にも驚いた。いつもは茶髪をストレートに下ろしているだけだが……今のは、いつもの髪型とは違う。


 後ろで髪を結んでいるようだった。初めて見る髪型。

 ただ、髪型の名前がわからない。


「あ、これ? これは、ハーフアップって言うの。おばさんにやってもらったんだよ」


 と、俺の疑問を読み取ったかのように、右希は振り向いて俺に後頭部を見せる。

 下ろしている髪とは別に、ゴムで縛ってもいる。


「……す、すごく似合ってるよ。髪型も、浴衣も」


「っ、そ、そっか。なら、よかった」


 これは、俺の本心だ。ようやく言葉が出たけど、凡庸なのは許してほしい。

 だが、右希は嬉しそうだった。それを見るだけで、俺も嬉しくなる。


「せんぱーい、アタシのこと忘れてない?」


「わ、忘れてないって」


 不服そうな左希の声に、俺は首を動かす。

 左希もまた、新調した浴衣だ。


 薄い青色の生地に、白い紅葉のような模様が散りばめられている。

 髪型も、いつもは付けていない星型の髪留めをつけている。右希のように大きなアレンジは見られないが、なぜだかこれだけでも印象が変わるから不思議だ。


 それに、なんだかもじもじしているのも普段とのギャップがある。


「左希もすげー似合ってるよ」


「……お姉ちゃんとおんなじ感想だしー」


「し、仕方ないだろっ。俺の語彙力のなさなめんなよっ」


 自分でも、自分のボキャブラリーのなさにびっくりだ。

 勉強面とか頭は悪くないはずなんだけど……あぁ、もっと辞書とか読んどきゃよかった。


 でも、間違いなく俺の本心だから、どうにかそれは伝わってほしい。


「本当に似合ってるから! すげーかわいいから!」


「……! わ、わかった! もうわかったから!」


 俺の思いが通じたのか、左希は顔を赤くしながらも、わかってくれたようだ。

 ほっと、一安心。


 さて、二人が着付け終えたわけだし、そろそろ祭りに向かうとしよう。


「けど、よかったのか? 祭りの始まる時間に合わせるつもりなら、もっと早く準備しておいた方がよかったと思うが」


「別に開始と同時じゃなきゃお祭りに参加できないってわけじゃないんだし、いいの」


「そうそう。それに、あんまり早く行ってもさすがに人が少なくて、寂しいし」


 現在、二人が来てから三十分ほど経っている。今から祭りの会場に向かうとなれば、普通に考えれば十分とちょっと……

 だけど、二人とも慣れない格好だから、もう少しかかるとかんがえてもいいだろう。


「それじゃ、三人とも楽しんできなさい。はい、二人をちゃんとエスコートするのよ」


 母さんから小遣いをもらい、俺はそれを財布に入れる。


「おばさんは、行かないんですか?」


「私はお祭りとか、人込みは苦手だから。遠慮しておくわ」


 母さんは来ないということなので、結局祭りには三人だ。

 まあ去年も母さんは来なかったし。その前は、俺が中学生だったからかついてきたが。


 財布をポケットに入れ、忘れ物がないか確認。

 確認と言っても、持っていくものはスマホと財布くらいだ。


 二人は、その他に小さな袋を持っている。確か、巾着袋というやつだ。

 右希は赤色の、左希は深い青色のものだ。


「んじゃ、いってきます」


「いってきます」


「いってきまーす」


「はい、いってらっしゃい」


 母さんに声をかけてから、俺たちは家を出る。

 ちなみに二人は、下駄を履いている。歩きにくそうなので、俺は二人に合わせて歩く。


 祭りの会場まで歩いていると、だんだん人通りも多くなってくる。

 普段着の人、浴衣を着ている人、様々だ。これだけ人がいれば、二人だけが浴衣で浮いてしまう、なんて心配もなさそうだ。


 ただ、一つ気になることが。歩いていると、いろんな人とすれ違うわけだが……

 男とすれ違う度に、左希の体が震えているのだ。本人は隠してるつもりだろうが。


「ほら、左希」


「え」


 だから俺は、左希に自分の手を差し出す。怖いだろうから、とかそういうことは、言わない。

 それを驚いて見ていた左希だが、ゆっくりと俺の手を掴んだ。


 ただ、理由があるとはいえ左希だけ手を繋ぐわけにもいかない。

 反対の手を右希に差し出す。右希は戸惑いつつも嬉しそうに、俺の手を取った。


 二人と手を繋ぎ……気恥ずかしい気分になりながらも、俺たちは祭りの会場へと向かっていく。

 道中、周囲の視線が妙に気になった。

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