第29話 アタシは、ちゃんとしないと



 先輩の家にお邪魔して、晩ごはんを一緒に食べる。

 これが、私たちの日常になっていた。


 海外出張で両親のいない私たちを気遣って、おばさんが勧めてくれたのだ。

 わざわざ悪いと思ったのだけど、女の子がいたほうが華やかになるから……といった理由で押し切られてしまった。


 そのお返しというか、お皿洗いとか手伝っている。

 家事が苦手なアタシだけど、さすがにそれくらいはできる。なのでアタシは、お皿を洗うお姉ちゃんの隣に立ってお皿を拭いたりしている。


「二人とも、ありがとうねぇ」


「いえ、いつもごちそうになってますから」


「うん、これくらいはするよ」


 今日の料理は、ハンバーグだった。柔らかいお肉で、ハンバーグ用に作ったソースも実に美味しかった。

 食事を終えたら、皿洗いの時間だ。


 私たちが流し台に立ち、おばさんにはゆっくりしてもらっている。


「ホントに、二人とも良い子ねー。どっちか息子のお嫁さんにでもなってくれないかしら」


「!」


「およっ……」


「か、母さんっ」


 思いもしなかったおばさんの言葉に、アタシは危うくお皿を落としそうになってしまった。セーフ。

 いや、お皿を落としそうになったのはアタシだけじゃない。お姉ちゃんもだ。


 今のおばさんの言葉に、顔を真っ赤にしている。


 おばさんには、お姉ちゃんと先輩が付き合っていることを話していない。

 恥ずかしいしわざわざ言わなくて良い……と先輩が言ったからだ。お姉ちゃん的には、ちゃんと言ったほうがいいのではと思っているみたいだけど。


 ただ、なんとなくだけど……おばさんは、二人が付き合っていることに気づいているんじゃないかと思う。なんとなくだけど。

 もしかしたら、アタシの想いにも。……だから、どっちかお嫁さんになんて言ったのかな。


 ……さすがに、アタシと先輩が関係を持ったことは、知らないと思うけど。


「今日は、ごちそうさまでした」


「とってもおいしかったです」


「それなら、よかったわ。晩ごはん以外でも、遊びに来てくれていいからね」


 皿洗いを終えて、少し話をして……アタシたちは、帰ることに。

 晩ごはんを一緒に食べて、まるで家族みたいで……すごく、あたたかい。


 玄関で、おばさんと……先輩が、アタシたちを見つめている。


「じゃあたっくん。夏祭りの予定、またメッセージで送るね」


「おう」


 明後日は、ついに夏祭りの日だ。

 アタシとお姉ちゃんと先輩と、三人で夏祭りに出かける。その際、アタシとお姉ちゃんは浴衣を着ることを決めていた。


 先輩には内緒だ。けど、おばさんは知っている。

 去年もそうだったが、浴衣の着付けはおばさんにやってもらっていたのだ。今年も、それは同じ。

 まあ、毎年浴衣を着てるから、先輩も言わずともわかっているだろうけど。


 ちなみに、高校生になったのだしせっかくだから新しい浴衣を買ったほうがいいんじゃないか……と悩んでいたところ、まるでそれを察していたかのように両親からいつもより多めの振り込みがあった。

 なので、こないだお姉ちゃんと浴衣を買いに行った。


「それじゃあ、隣だけど気をつけてね。

 ほら辰、送ってあげなさい」


「いいですよ、隣ですから。じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 アタシたちは、ぺこりと頭を下げて挨拶をしてから、家を出た。

 外はすっかり暗くなっている。こんな道を女の子二人で歩いていたら危ないが、目的地はすぐ隣の家だ。


 危ないことなんてなにもなく、自宅に帰宅する。

 お腹はいっぱいだし、お風呂にも入った。あとは寝るだけ。


 でも、寝るにはまだ早い時間だ。なので、リビングでソファーに座り、テレビをつける。

 つけた番組では、今人気の芸人が司会進行を務めるバラエティ番組をやっていた。


「はぁ、お腹いっぱいだよ」


「そうね。やっぱり、おばさんの料理はおいしいわ」


「お姉ちゃんったら……いっそ、お義母さんって呼んでみたら?」


「も、もうっ。なに言ってるのっ」


 こうして、ソファーに並んで座って、お姉ちゃんと話をする……

 あのプールの日以来、お姉ちゃんは以前よりアタシのことを心配した様子を見せる。アタシは、大丈夫だと言ったんだけどな。


 でも、外出すると……男の人とすれ違うだけで、体が強張ってしまう自分がいる。

 あれから時間も経ったのに……ナンパ男に付けられた手首の痕も消えたのに。


 アタシはまだ、どこかで……


「楽しみだね、お祭り」


「! あぁ……うん、そうだね」


 いけないいけない、アタシったら。なにをブルーになっているんだ。

 あのときのことは、もう忘れるんだ。楽しいことに思いを馳せて、嫌なことは忘れてしまえ。


 高校生になって、初めての夏祭り。

 お姉ちゃんは、友達に一緒に回らないか誘われたようだ。だけど、断ったみたい。理由は、先輩と回りたいからだ。



『そっかぁ。残念』


『いや、余計なお世話だったでしょ。だって、右希ちゃんは彼氏と回るんでしょ』


『あ、それもそうだね。あー、いいなぁ年上の彼氏』



 お姉ちゃんに断られた相手も、とりあえず誘ってみた程度の感覚だった。

 なんせ、お姉ちゃんに彼氏がいることはほとんどの全校生徒が知っているんだ。お祭りには彼氏と行くと、思っているだろう。


 それは正解だ。というか、先輩が彼氏になっていなくても、お祭りには一緒に行っただろう。

 先輩もお姉ちゃんを好きなのだから、フラれるなんてまず考えられないし。


「早く、お祭りにならないかなぁ」


「……そうだね」


 お姉ちゃんは、とても楽しそうだ。対してアタシは……複雑な気持ちだった。

 このままで、いいんだろうか。先輩とお姉ちゃんを応援すると決めたのに、やっぱり先輩のことがまだ好きで……


 こんなフラフラな状態で、ちゃんとお祭りを楽しめるだろうか。

 ……ううん、楽しまないと。アタシは、ちゃんとしないと。そう、ちゃんとするんだ。

 自分の中で無理やり、気持ちを整理させていく。



 ……このときのアタシは、まだ知るよしもない。その日がアタシにとって、いやアタシたちにとってそれぞれの気持ちが動き出す日だということを。


 そして……ついに、夏祭りうんめいの日が、やって来る。

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