第25話 よし、決めた!



 それからしばらく、先輩の胸に抱きついていたアタシは、深呼吸をしてから先輩から離れた。

 いつまでもあんな調子ではいられないからと、笑顔を見せて安心させた。


 ……つもりだったけど、お姉ちゃんのところに戻るまでの間、なんだか怖くて。震えているアタシに、先輩が手を差し出してくれた。


「ほら、一緒に繋いでてやるから」


「……ん」


 さっきの、ナンパ男のものとは全然違う……大きくて、逞しくて、それで……安心できる手。

 先輩の手を取り、アタシは先輩の少し後ろを歩いた。


 お姉ちゃんは、ウォータースライダーの近くに待機していて、アタシを見るなり駆け寄ってきて……


左希さきぃ! 心配したんだからね!」


 そう言いながら、アタシに抱きついてきた。

 お姉ちゃんは、アタシがナンパにあったことを知らないはずだ。なのに、こんなに心配させてしまった。


 下手に心配させるつもりもないので、ナンパされたことは黙っておこうと思ったのだけど……


「って、なにこの手の痕! ……たっくん?」


「いや、違うこれは! 俺じゃなくて、だな……」


 ナンパ男に掴まれた手首が赤くなっているのが見つかってしまい、その犯人が先輩にされそうだったので、仕方なく話した。


「そ、そうだったの……こ、怖い思いさせちゃったね……」


「別に、アタシは……

 お姉ちゃんのせいじゃ、ないし」


 ナンパ男に絡まれたことを話したけど、さすがにアタシが取り乱したことは話せない。

 だって、恥ずかしいし。


 先輩も、黙ってくれている。


「許せない! その人たち、警備員……いや、警察につき出そう!」


「いい、いいよ!」


 ナンパ男に対して怒りをあらわにするお姉ちゃん。その気持ちは嬉しいけど、危ないからやめてほしい。

 それは、先輩も同じように、思っているようだ。


 ただ、それでも許せないという気持ちもあるのか、表情は固かった。


「……今日はもう帰ったほうがいいかもな。またあいつらに会ってしまう前にな」


「……そう、だね」


 先輩の言葉に、アタシは力なくうなずいた。

 あのナンパ男たちがどうなったかはわからない。でも、気を取り戻して殴られた仕返しに、先輩やアタシを探しているとしたら。


 また出会ってしまう可能性の高いここにはもう、いられない。

 それに……


「お姉ちゃんまで、あんな目に遭わせたくないもん」


 アタシとお姉ちゃんは、双子だ。顔がそっくりだ。

 水着は違うけど、アタシとの関係を疑われるのは明白だ。


 だから、もしお姉ちゃんだけはぐれて、あいつらに見つかったら……ひどいことをされる。

 そんなことになったらと思うと……アタシは、耐えられない。


「じゃあ、帰りにクレープ食べて帰ろうよ。私、美味しいところ教えてもらったんだ」


「お、いいね」


 情けない……アタシのせいで、楽しかったプールの時間に水をさしてしまった。

 ナンパをされたから……じゃない。その前から、アタシのせいで空気を悪くしてしまっていた。


 プールから帰ることになり、アタシたちはそれぞれ更衣室に分かれる。


「……ごめんね、お姉ちゃん。アタシのせいで……」


「んー? そんなことないよ。気にしないの」


「でも……」


 本当ならお姉ちゃんは、このプールで先輩との距離を縮めたかったはずだ。

 なのに、アタシがバカやったから、こうして帰ることになってしまった。


 こんなことなら、最初からアタシだけ来なければよかった。


「私は、左希と一緒に来られてよかったよ? 左希は違うの?」


「! アタシだって……お姉ちゃんと、来てよかった……」


「なら、それでいいの」


 お姉ちゃんは優しいから、きっとアタシのせいだなんて言わないだろう。

 本当はなにを思っているのか。双子でも、お姉ちゃんのことはわからない。


 アタシだったら……恋人との時間を邪魔されたら……


「お姉ちゃんは、先輩と仲を深めたかったんでしょ?」


「くふっ……けほけほ! さ、左希ったらいきなりそんなこと……

 そ、それはそうだけど」


 アタシの言葉が予想外だったのか、お姉ちゃんはなにも口に含んでいないのにむせてしまった。

 若干、顔が赤い。


「……なにも、今日しかないってわけじゃないんだから。

 夏休みはまだあるし、それに……」


「……夏祭り?」


「そう!」


 気にしなくていいと、お姉ちゃんは言ってくれる。その理由の一つが、仲を深める機会がまだあるからだ。

 お姉ちゃんは、この夏休み中に先輩との仲を深めたいと思っているはずだ。


 普段から一緒にいるアタシたちにとって、急に距離を縮めろなんて言ってもうまくはいかない。

 だから、夏休みという学生にとって特殊な空間で、お姉ちゃんは行動を起こすつもりだ。


 大きくわけて、イベントは二つ。一つはプール、もう一つは夏祭りだ。


「だから、左希はそんなに気にする必要はないの。

 そもそも、左希がいなかったら一人でたっくんを誘えていたか、わからないし」


「……そっか」


 それは、アタシを慰めてくれているのか。それとも、本心からなのか。

 お姉ちゃんの性格なら、本心な気もする。でも、土壇場になればお姉ちゃんはアタシ以上に大胆になる。


 先輩に告白してみせたのが、その証拠だ。

 アタシには、そんな勇気は持てなかった。


「じゃあ、夏祭り……アタシも、行ってもいいの?」


「! もちろんだよ」


 お姉ちゃんの邪魔になるなら、今度こそ……と思ったけど。

 お姉ちゃんは、屈託ない笑顔で、アタシがいていいのだと言ってくれる。


 それが、アタシには嬉しかった。

 ……よし、決めた!


 夏祭り。アタシはお姉ちゃんと先輩の仲を深める、そのフォローに回る!

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