第26話 先輩に押し倒されたみたいに、なっちゃってる……!?



「はぁあ、宿題ばっかだぁ」


「ほら、がんばれがんばれ」


 プールの一件以来、先輩やお姉ちゃんはなにかとアタシを気にかけるようになった。

 特に先輩は、アタシのナンパ現場の場面を見ている。だから、余計に気をかけてくれている。


 正直、嬉しい気持ちがないわけじゃない。先輩が、お姉ちゃんよりもアタシを優先してくれている。

 だけど、同時に申し訳なさも感じている。先輩とお姉ちゃんの仲を深めようと覚悟したのに、アタシがそれを邪魔しているのだから。


 もっとも、二人ともアタシが邪魔だとは言わないだろうけど。


「うー、勉強嫌い」


「そう言うなよ。俺だって好きではないけど、そうやって嫌い嫌い言ってるとやる気もなくなっちゃうぞ」


 今日は、アタシたちの家で勉強会だ。

 といっても、お姉ちゃんは友達と遊びに行っているので、この家には今アタシたち二人きりになっている。


 正直、ものすごいドキドキしている。しかも、アタシの部屋だし。


「はぁ、アタシも誰かと遊びに行けたらなー」


「今日宿題しなくよくなっても、どのみちしないといけないんだから」


「むー」


 こんなことを言ってみたけど、アタシには休日に遊びに行こうというまでの友達はいない。

 教室にいれば、普通に話して遊ぶ。でも、休日……それも夏休みにまでなんて、そんな友達はいない。


 対してお姉ちゃんには、そういう友達がいる。

 まったく、アタシよりもお姉ちゃんのほうがモテるんだよなぁ。


右希うきはもう、結構宿題進めてるんだろ? これじゃ、左希さきだけ夏祭り行けなくなっちゃうぞ」


「やだーっ」


 もちろん、たとえアタシの宿題がギリギリでも、夏祭りに置いていくなんてことはしないだろう。

 それはそれとして、ちゃんとやっておかないと、お祭り中も宿題のことが気になって仕方なさそうだ。


 しょうがない。もうちょっと頑張ろう。


「そうそう、そこはその公式を利用して……

 左希は飲みこみはいいんだから、もう少しやる気を出せばすぐに上達すると思うぞ」


「……やる気、ねぇ」


 そう言う先輩こそ、要領がいいというか……

 アタシに教えてくれるのも、ちゃんとわかりやすい。普段こうでも、先輩は先輩ってことか。


「……なんか、失礼なこと考えてないか?」


「なーんにも」


 それにしても、やる気、か……


「ねえ先輩」


「なんだ? わからないところでも……」


「先輩がご褒美くれるなら、アタシ頑張れるかも」


 シャーペンを手に取り、プリントの問題を解く……

 その最中、さっき先輩が言っていた、やる気を出す方法を口にしてみた。だけど、先輩からの反応はない。


 もしかして、変なことを言ったアタシに呆れているのか。

 そう思って、顔を上げてみた。


「……ご、ご褒美って、おまっ……」


 そこには、顔を真っ赤にした先輩の姿があった。

 いったい、なにを想像しているのだろう。それがなんだかおかしくて、アタシは笑った。


「あははっ、先輩ったらやーらしい」


「なっ……」


「アタシが、変なお願いすると思ったんでしょー?」


 図星だったのか、先輩は顔が真っ赤のまま、口をパクパクと動かしていた。

 まるで、金魚みたいだな。


 ……あの日以来、先輩には関係を迫っていないどころか、キスもしていない。

 やだなぁ、そんな反応されたら……


「っ、冗談だよ、冗談」


「! じょう、だん?」


「そうそう。ご褒美があればやる気も出るかなって、ちょっとつぶやいてみただけだから。

 だから、先輩が想像したようなやらしーことは、起こらないからね」


「し、してないってのっ」


 あー、もう。先輩ったら、おかしー。

 なんか、今の顔を見れただけで、充分にやる気が出てきたかも。


 ……あ、そうだ。


「先輩、ご褒美と言えばさ。期末試験の、覚えてる?」


「! あ、あぁ」


 これも、ちゃんと言っておかないとな。

 期末試験の約束……アタシが全教科平均点以上を取ったら、先輩がアタシの言うことを聞いてくれるというもの。


 その、言うこと……お願いというのが……



『先輩。アタシと、デートしてよ』



 それを受けた先輩は困惑の表情を見せ、お姉ちゃんはアタシならいいとも言った。

 ただ、いつデートするかなどの具体的なことは決めておらず、日が過ぎていった。


「覚えてるさ」


「あれさ、やっぱナシで」


「……は?」


 聞こえてきたのは、間の抜けた先輩の声だ。

 それも、そうだろう。話の流れだと、デートする日はいったいいつにするのか、といったものになると思うだろう。


 だけどアタシは、あのときのご褒美を……ナシにした。


「ナシって……いいのか? お前はそれで……」


「いいもなにも、ちょっとお姉ちゃんの反応を見たかっただけだもん。別に、本気でデートしたいとか思ったわけじゃないし」


「そ、そうか……」


 ……本気でデートしたいとか思ったわけじゃない、か。我ながら下手な嘘だ。お姉ちゃん相手なら、一発で見抜かれているな。

 でも、相手は鈍感な先輩だから、大丈夫だ。


「えっと、じゃあ……代わりに、なにかあるってことか?」


「んー……とりあえず、保留ってことで」


 これ以上は、いけない……ただでさえ、先輩とお姉ちゃんの二人きりの時間を奪っているのだ。

 なのに、さらにデートなんかで二人の時間を奪うわけには、いかない。


 そもそも、先輩とお姉ちゃんは二人だけでデートに行ったこととか、あるのだろうか。


「保留……まあ、お前がそれでいいなら」


「うん。……はぁ、ちょっと喉渇いちゃった。なんかジュース持ってくるね」


「あぁ」


 これでいい。ご褒美は、適当にちょっと高めのものを買ってもらおう。

 二人の時間を、これ以上奪えない。本当は今こうしていることだって、お姉ちゃんからしたらいい気はしないのかもしれない。


 アタシは立ち上がり、部屋を出ようと足を動かす。


「あたっ」


 ただ、足下を見ていなかったのが災いした。テーブルの角に、思い切り足の小指をぶつけたのだ。

 ここ、一番痛いとこ……!


「! 危ないっ」


 バランスを崩し、アタシはそのまま床に倒れる……はずだった。

 だけど、体を襲ってきたのは柔らかい弾力。それに、直前に手を引かれるような感覚。


 倒れそうになってとっさに目を閉じていたせいで、なにが起こったのか理解できない。

 でも、来るはずの痛みが来ないことに……アタシは、ゆっくりと目を開けた。


 すると……


「左希、大丈夫か!?」


 目の前には、先輩の顔。さらにその向こうには、天井。

 それに、背中に感じるこのなじみ深い感触は……アタシの、ベッド?


 これ……もしかして、先輩に押し倒されたみたいに、なっちゃってる……!?

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