第6話 左希だって、たっくんのことは好きでしょう?



「うはぁ、いい天気!」


 階段を上り、扉を開ける。すると、扉の向こうに広がっていたのは青空だ。それを見て、左希さきは伸び伸びと腕を伸ばす。

 ここは、屋上。ここが、俺たちがいつも昼食を食べる空間。


 この学校の屋上は常時解放されていて、こうして昼休みには昼食を食べるために利用している生徒も、少なくない。

 もっとも、食堂や中庭など、他にも食べる場所はたくさんある。


 屋上に設置されているベンチを発見し、俺たちはそこに座る。

 三人掛けのベンチで、俺の両隣に右希うきと左希が座っている形だ。


「いつも思うんだけどさ、私も先輩の隣に座っていいの?」


「? もちろんだよ。左希だって、たっくんのことは好きでしょう?」


「…………幼馴染としてはね」


 左希の疑問も、当然だ。右希としては、彼氏おれの隣に、妹とはいえ他の女の子が座っても、いいものか。

 その疑問に対しての答えが、これだ。


 右希の言う『好き』は、当然異性としてのそれではない。幼馴染として好きなのだから、問題ない……そういうことらしい。

 それは、左希への……ひいては、俺への信頼にも当たるのだ。


 俺にとって、その信頼はとても嬉しく……とても、苦しい。


「? どうかした、たっくん?」


 思わず、黙りこくってしまった俺に、右希が不安そうな表情を浮かべた。

 い、いかんいかん。


「な、なんでもないよ。あー、腹減ったなー」


 そう笑ってごまかしつつ、俺は弁当箱の包みを開けて……弁当箱の蓋を、開ける。

 二段重ねの弁当箱には、片方にご飯、片方におかずが詰められている。蓋を開けた瞬間、いい香りが漂ってくる。


 三カ月前までは、俺も食堂か購買で、適当に昼食を済ませていた。

 だが、右希たちが入学してきてから……いや、右希が彼女になってから、こうして毎日弁当を作って来てくれている。


 最初のうちは俺を誘ってくれていた戸田たちも、次第に『彼女の弁当持ち』の俺を誘うことはなくなった。

 ハブられたわけじゃなく、彼らなりに気を遣ってくれたのだ。


「おぉ、どれもうまそうだなぁ!」


 目にしたおかずは、卵焼きにウインナー、きゅうりを肉巻きにしたものにプチトマトなど、弁当の定番とも言えるおかずが詰められていた。

 栄養バランスや、色どりも考えられたものだ。


 二人も、俺の弁当箱より一回り小さな弁当箱を、開けていく。

 おかずは、一緒だ。


「いやぁ、悪いな毎日毎日。大変だろうに」


「ううん、二人分も三人分も変わらないから。

 それに、料理は好きだしね」


 昔から、右希は料理が好きだった。両親が海外出張に行ってからは、ウチの母さんに料理を習っていたっけ。

 これまで食堂か購買だった俺にとって、もう手放せないほど、右希の弁当は俺の胃袋を掴んでいた。


 母さんは、高校になってまで弁当を作るのは面倒だということだった。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 右希は水筒のコップにお茶を注いで、俺に手渡してくれる。

 さて、まずはどれから食べようか。箸を持ち、おかずを見定める。


 ここはやはり、卵焼きだろうか。俺は卵焼きを箸でつまみ、それを口へと運んでいく。

 もぐもぐといくらか咀嚼して、飲みこむ。


「うん、うまい! やっぱ右希の飯最高!」


「そ、そんな、大袈裟だよ」


 大袈裟だ、と言いながらも、まんざらでもない様子の右希。うん、かわいい。

 彼女の作ってくれた弁当を食べ、彼女の喜ぶ姿を見る。これほど幸せな光景があるだろうか。


 俺はご飯を挟み、二個目の卵焼きを口にする。

 もぐもぐ……うん、ほどよい甘みの中に、ぴりっとした塩味があって程よい塩梅……


「あれ、さっきのと味が違う? んー……うん、いつものもうまいけど、俺はこっちのが好きかも。もしかして、新しい味を試してみたとか?」


 飲みこんだ二つ目の卵焼きは、先ほどと……いや、今まで食べたものとは、違う味がした。

 今までのは、甘みの多いふんわり卵焼きだった。だが今食べたのは、塩味のきいた少し固めの卵焼き。


 個人的には、後者の方が好みかもしれない。

 もしかしてこれは、新しい味付けを試してみたのだろうか。いつも弁当を作ってもらうだけでもありがたいのに、味変まで考えてくれたのか?


 ありがたい気持ちでいっぱいになり、俺は素直な気持ちを右希に伝える。

 すると……


「あ、えっとそれはね……」


「にひひ、アタシが作ったんだよねー」


 右希がちらりと視線を向けるのは、俺……の後ろだ。その視線に従い、俺は振り返る。

 白い歯を見せ、自分がそれを作ったのだと挙手しているのは、左希だった。


 その瞬間、俺の中には言いようのない、複雑な感情が渦巻いた。


「へ、へぇ……左希が?」


「そ。驚いたでしょ」


「だ、だな。左希って、料理とかするんだっけ」


「少し前から、お姉ちゃんに習ってるんだよ。で、今回お弁当のおかずに初挑戦したわけ。

 といっても、作ったのは卵焼きだけなんだけどね」


 最近、料理を習い始めているという左希。料理の先生は、右希だ。

 右希が先生なら、今まで料理をしてこなかった左希が美味しいものを作れるのも、納得だ。


 だが……右希に習ったにしては、味が違いすぎる。


「卵焼きくらいなら、まあわりと早めに作れるようになってさ。せっかくだから、違った味にしてみようかなって思ってね」


 料理初心者が料理をレシピ通りに作らず、アレンジするのは危険だ。

 だが左希の場合、ちゃんと右希に監修してもらっていたのだろう。塩の分量など、ちゃんとしている。


 それに、なんと言ってもこれは俺好みの味だ。これには驚いた。

 ……実を言うと、ウチで出てくる卵焼きは昔は、塩辛いものだった。だが、右希たちが食事に来るようになってから、味付けを変えた。右希たちの好みに。


 右希は、味付けが変わったその卵焼きを、母さんから習ったのだろう。

 そして左希が作った卵焼きは、知ってか知らずか昔の、俺が好きだった味付けに……


「いやー、まさか左希のほうが味が好みだったなんて。じゃあ、私も今度から、そうした方がいい?」


「! あ、いや、俺は右希のそのままの卵焼きが、好きだから! 全然、今のままでいいから! か、母さんが昔塩辛いの作ってただけで、懐かしく思っただけで、最近は甘いの大好きだから!」


「っ、そ、そう……なんだ」


 俺の好みの卵焼きを、自分ではなく左希が作ったことに、右希は困ったような笑顔を浮かべていた。

 確かに、味付けは左希のほうが好みだった。だが、そこが問題ではないのだ。

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