第7話 そんなに、アタシのが好きなんだ?



 二つの、卵焼き。片方は右希うきが、片方は左希さきが作ったものだ。

 味の好みに関しては、左希の作ったものの方が好みではあった。だが、そういう問題ではない。


 右希が作った卵焼きだから、好きなのだと。フォローになっているのかなっていないのか、よくわからない言葉を告げる。

 自分でもあまりよくわかってない。


 それを受けて、右希は照れている様子だったので、とりあえずうまくフォローできたらしい。


「せ、ん、ぱ、い」


「っ」


 ふと、耳元で囁かれる声に、背筋が震える。肩が跳ねて、くすぐったい感覚が襲ってくる。

 振り向かなくても、わかる。囁いているのは、左希だ。


「ふふっ、先輩ったら……そんなに、アタシのが好きなんだ?」


「! ……左希の卵焼きが、な。それに、その味付けが好きなのは昔の話だ」


「ふぅ〜ん?」


 小声でささやく左希に、俺もまた小声で返す。

 和やかな、昼休みの時間……それがどうしてか、落ち着きの感じられない時間になっていた。


「ごちそうさま」


「はい、お粗末様」


 それからしばらくして。弁当を完食して、俺は手を合わせる。

 弁当箱の中身がきれいになってる様子を見て、右希は嬉しそうに頬を緩ませていた。


 この顔を見れるだけで、いくらでも食べられそうな気持ちになってくる。いや、やっぱ腹いっぱいだわ。


「はー、美味しかった。お姉ちゃんの料理は最高だよねー」


「ふふ、ありがとう。左希の卵焼きも、美味しかったよ」


「やったっ」


 姉妹は、微笑ましいやり取りをしている。

 ただ、俺を挟んでなのでなんだか、間にいる俺がくすぐったい感じになるのだが。


 それからしばらく談笑していたのだが、左希がスカートのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出して画面を見た。


「ごめん、ちょっと呼ばれちゃった」


「あ、そうなの? お友達?」


「ん、そう。じゃあ邪魔者は退散するんで、お二人さんはごゆっくり」


「も、もうっ、左希っ」


 立ち上がり、にかっと笑う左希は、屋上を後にする。

 バタン、と屋上の扉が閉められ、ベンチに残されたのは俺と右希だけだ。


 どうしたって、意識してしまう。


「な、なんか久しぶりだな、こういうの」


「そ、そうだね」


 右希と、二人きりの空間。正確に言えば、屋上には他にも生徒がいるので、二人きりではないのだが。

 いつもは、俺と右希と、そして左希が一緒だった。たまたまどちらかと二人になることはあるが、基本は昔と同じ、三人一緒だ。


 それは、俺と右希が恋人同士になっても、変わらない。だが、左希が意図的に俺たちの時間を減らしてやろう、と考えているわけではないのは、わかっている。

 むしろ、今まで一緒にいすぎて、片方がいなくなる空気というかタイミングというのが、よくわからないのだ。


 とはいえ、俺も右希も、決して左希のことを邪魔だと感じているわけではない。

 逆に左希は、俺たちの関係を応援してくれている。それに、疑いようもないはずなのだ。


 なのだが……



『お姉ちゃんとシたいこと……アタシと、シちゃおうよ?』



「えっと、たっくん」


「! な、なんだ?」


 思わず黙ってしまい、左希のあのときの言葉を、姿を思い出しそうになってしまった。

 そこへ右希から声をかけられ、俺は我に返る。いかんいかん、右希といるのに、なにを考えているんだ。


 話しかけてきた右希へ、視線を向ける。


「あの、ね……付き合い始めて、そろそろ三カ月、だよね」


「お、おう。そうだな」


「それで、その……せっかく付き合ってるのに、あんまり恋人らしいこと、してないなって」


 右希も、まさか俺と同じことを考えていたのだとわかり、俺は驚いた。同じこととは、それは左希のことではない。

 驚いたが、それは当然のことなのかもしれない。初めての彼氏彼女という関係に、右希も不安なのだ。


 それでも、右希は関係を進めようと、話を切り出してくれた。


「あぁ、そうかも、な」


「だから、その……ね? えっと……

 ……て、手を、繋いでも、いいかなっ?」


 右希は、正面を向いたまま。だが、チラチラと視線を俺に向けてきているのは、わかった。

 右希は顔を真っ赤にして、目をぎゅっとつぶって……それだけで、かなりの緊張を抱いているのが、わかった。


 右希の、勇気あるその言葉を受けて。俺の答えは……


「もちろん、いいよ」


 断る、なんてものは、存在しなかった。


「! ホント!?」


「嘘なんてつくかよ。むしろ、俺から言えなくてごめん」


 手を繋ぐ。言葉にすれば、たったそれだけのことだ。だが、たったそれだけのことを口にする勇気が、俺にはなかった。

 その勇気を俺よりも持っていたのは、右希だった。


 断られる、と思っていたのだろうか。不安そうだった右希の表情は、俺の返事を聞いてみるみる明るくなっていった。

 右希にここまで言わせたんだ。この先を行動に移すのは、俺の役目だ。


 俺は、隣に座っている右希の手を見て……自分の手を、近づけていく。

 それを確認し、右希は手をつなぎやすいように、手のひらを上にしてくれた。


「……ん」


 俺から、手を近づけて……右希の手のひらに、自分の手のひらを重ねた。

 その瞬間、右希の口から小さな声が漏れた。同時に、右希の柔らかさや温かさが、手のひらを通じて伝わってくる。


 これが、女の子特有の柔らかさ……付き合い始めて、初めてまともにつなぐ、女の子の手。

 本来なら、こう思っていたはずなのだ。

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