☆待ち合わせ☆

 唯華に渡せた。一安心だ。

 部屋の中で私は安堵する。

 断られたらどうしようと不安になっていたから本当に良かった。

 いいや、渡せてはいないのだけれど。

 まぁ、広義的に考えれば渡せたと言ってなにも差し支えないはず。

 そうだよね……間違ってはいないよね、不安が押し寄せる。

 安心したり、不安になったりと忙しない。

 違う、違う。渡した、ではなくて、誘えた。うん、こっちであれば、迷うことなく、そうだと頷ける。

 少し言葉のニュアンスが変わるだけで、意味は大きく変わる。日本語って難しい。

 やることをした後の達成感と充実感は群を抜いて気持ちが良い。そう、物凄く気持ちが良い。物凄すぎて語彙力が著しく低下しているけれど、とにかく物凄い。

 やることはやった。後は座して明日を待つ。寝るんだけれど。

 誘うことができたという満足感、明日唯華と一日おでかけするという幸福感、やることをしっかりとやれたという達成感。それらをひっくるめた充実感。色んな感情が胸の中で大きくなったのだった。


 翌日。土曜日。天候は晴れ。晴天。雲一つない青空。青すぎてここは海なのではないだろうかと思うほど。流石にそれは嘘だけれど。


 私は唯華の家をスルーして、最寄り駅までやってきた。

 駅の改札へ向かう階段の前で待つ。

 スマホを取り出す。約束の時間まではまだ二十分ほどある。

 ありすぎて困っちゃうなぁ。

 なにをしようか。

 どうやって時間を潰そうか。なんてうだうだ考える。


 駅の近くにはラーメン屋とファストフード店しかない。

 本当に少しの時間を潰すには適さないお店たちである。

 どうしようもないので、二十分間なにをすることもなく、ただただ待つことにしよう。

 私はそう決めてスマホを意味もなく触り始めた。


 なぜ唯華と一緒にここまで来なかったのか。あまりにも非効率じゃないかと思うかもしれない。その意見は至極真っ当だ。でもしっかりと理由がある。それは単純明快。


 『せっかくなら待ち合わせをしたい……!』と 唯華が言い出したのだ。


 なんというかデートみたいだなぁとは思ったのだけれど言わないでおいた。私だけがそう思っていたら意識しているみたいでなんだか嫌だし。

 無意味な待ち合わせであるのは間違いないのだけれど、これから映画に行くことを考えれば雰囲気もあるし悪くないかなと思った。だから、今私はこうやって唯華を待っているのだ。

 スマホがぶるりと震える。


 『もうすぐ』


 という連絡が唯華から来た。

 着く、という二文字くらい頑張って入力すれば良いのにと思う。

 まぁ、これが唯華らしさだと言われてしまえば私はなにも言い返せないのだけれど。

 実際その通りだと思うし。


 『おまたせ』


 そのメッセージに追従するように唯華からメッセージが届く。私はパッと顔をスマホから上げる。

 遠くから手を振ってのんびりと歩いてくる唯華がいた。

 時間的には待ち合わせの時間五分前。お互いに早く来てしまったようだ、来たところで電車はまだ来ない。山の手線や中央線のように三分間隔で走っているような路線じゃないからね。結局待つことになる。まぁ、時間前に集合することは良いことだ。


 「早いじゃん」

 「唯華が言えたことではないと思うけれど」

 「私は五分前行動厳守マンだから」


 むふんと胸を張る。


 「ウーマンか」


 ボソッと訂正をした。特に反応する理由もなかったので私はスルーしてしまった。

 駅のホームで電車を待つ。線路に沿って吹く温めの風を浴びる。

 私のポニーテールはもちろん、唯華の長くて黒い髪の毛も靡く。

 ヒラヒラ、時々バサバサと。

 唯華な鬱陶しそうな顔をしている。けれど、私は鬱陶しさを覚えない。

 風に乗って、唯華の髪の毛からシャンプーの香りがふんわりと漂うからだ。


 「そう言えば」


 邪な考えをポイ捨てしたくて、話始める。


 「なんの映画観たいの?」


 どちらにせよ確認しなきゃならないことだったのでちょうど良い。


 「あー、どーしよっかなぁって思っててさ」


 唯華は人差し指をくるくる回す。指先を目で追いかける。目が回ってしまう。


 「恋愛系のヤツか、めっちゃ人気になってるアニメかなぁって。好きなアニメ制作会社の映画が公開したからさ。でも恋愛系のも面白そうなんだよね。なんかやけに評価高かったんだよ」


 大雑把な提案だったが、どっちもなにを指しているかは理解できた。十何年って友達やっているだけあるなぁと思う。


 「雛乃はどっちが良い?」

 「うーん」


 と言われても、という感じだ。正直どっちでも良い。唯華と映画を一緒に観ることができる。それだけで私は十分だから。

 ホラー映画でも、まぁ、うん、えーっと……やっぱりそれは嫌だけれど、唯華の提示した二つの選択肢であればどちらもそれなりに楽しめるはずだ。

 ただ唯華はどっちでも良いという答えを求めているわけじゃない。

 明確にどちらかの答えを求めている。

 だから悩む。

 唯華的には間違えとかはないんだと思う。純粋な善意で尋ねているのだろうし。

 答えがあって、それを当てられるかどうか試す……みたいな面倒な女性のようなことはしないはずだ。半分くらいはそうであって欲しいという願望なのだけれど。

 恋愛系は良くも悪くも人を選ぶ。アニメは万人受けする。私の耳に入っている評価はその程度だ。どっちにするという判断材料にすらならないような知識である。


 「どうしよ……」


 口元に手を持ってくる。そして、唸る。


 「あっち着いてからでも良い?」

 「良いよ」

 「じゃあそうしようか」


 問題を先延ばしにする。こういうものは、深く考えるよりもその場のノリと流れに身を任せた方が良い。

 いくら悩んでも、後悔することは早々ないし。

 そう己を正当化しながらやってきた電車に乗り込んだのだった。

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