♡優待券♡

 私がこんなにも悶えているというのに、雛乃はなぜどんどんあざとくなるのだろうか。

 好きでもなければ、可愛いわけでもない。

 そんな奴のあざとさなんかはただただ気色悪く、気持ちの悪いものであるのだが、雛乃のあざとさは特別だ。

 好意や興味。

 そういうものにあざとさがスパイスとして加わる。

 要するにめちゃくちゃ愛おしい。

 食べちゃいたいくらい。


 「ずるい」

 「え、なにが」


 私が思わず溢した言葉に雛乃は反応した。

 こういうのは普通スルーするものではないだろうか。

 反応されても困ってしまう。

 雛乃がえっち過ぎて、可愛すぎてずるいと思った、だなんて言えるはずがないし。


 「こっちの話」

 「どっちの話?」

 「こっちはこっちでしょ」

 「ふーん」


 意味ありげに私のことを見つめながらくすくす笑う。

 なにを思われているかだなんてわからないけど、どうせろくでもないことを考えられているんだろうなぁ。

 なんなら馬鹿にされているのかもしれない。というか多分そう。

 けど、まぁ良いか。

 可愛い雛乃を摂取できた。

 それだけで私は満たされて、癒されて、幸せになれるのだから。

 私は幸せものだ。

 今なら車に撥ねられて死んでも後悔の欠片もなく死ねる。


 「そ、そうだ。忘れてた……」


 ハッとなにかを思い出したかのように、雛乃は荷物をガサゴソと漁る。

 うーん、なんだろう。

 不思議に思って荷物の中に顔を覗かせようとすると、一枚の紙を取り出した。

 優待券と書かれてる。

 なんの優待券かまでは見えなかった。

 まぁ優待券と言えば、水族館だったり、動物園だったり、アミューズメントパークだったりが無料になるイメージだ。

 招待券みたいなものだね。

 私のイメージはそういう感じ。

 そしてこういう形で、優待券を出す時は大抵誘ってくれる。


 「映画の優待券なんだけど」


 あー、映画でしたか。

 勝手にハードルを上げてしまったことを少しだけ後悔する。

 水族館や、動物園と比較するとどうしても劣ってしまう。

 ランクダウン感は否めない。

 映画なんてそこまで珍しいものでもないから尚更そう感じてしまうのだろう。

 そしてなによりも私は文化人ではない。

 映画とか一時間半という長い時間座らされるだけじゃんとか思ってしまう人間だ。

 純粋に映画をあまり楽しむ人間ではない。だから、盛り上がりに欠ける。

 まだくれると決まったわけではないんだけどね。これでただ見せびらかしただけなら、滑稽も良い所だ。嘲笑って欲しい。


 「映画の優待券ね」


 私はこくりと頷く。


 「親が送って来たんだよ。プレゼント……かな。多分そんな感じ」

 「なるほど」

 「でね、唯ちゃんにはお世話になっているんだから、映画にでも連れて行ってあげなさいって」

 「もしかして手紙でも入ってた?」

 「ううん」


 雛乃はふるふると首を横に振る。


 「手紙は入ってなかったよ」

 「入ってなかったのね」

 「けど、メッセージで来た」

 「なるほど」


 なんというか現代っぽさマシマシだなぁなんて思う。いいや、現代なら映画の電子チケットを送り付けてくるのかな。


 「だから行かない?」

 「今から?」


 ちろりと掛け時計を確認する。今から行っても悪くはない時間だけど、ちょっとめんどくさいなぁという気持ちが勝った。

 もっとも、雛乃と出かけることができる。そのメリットを考えればこのめんどくささなんてあってないようなものではあるんだけどね。


 「明日なら良いよ」


 けど、きっと明日の方が色々と都合が良い。

 学校が無いという一点だけしか思いつかなかったから、やっぱり色々というのは嘘だけど、でも今日行くよりは都合が良い。

 少なくとも私はだけど。


 「それじゃあ、明日にしよっか」


 雛乃は嫌がることなく、私の提案を首肯する。


 「そうだね」

 「好きな映画観れるから。観たい映画を考えておいてね」

 「わかった」

 「うん」

 「でも良いの? 私が選んじゃって」


 ふと疑問に思い口にする。

 雛乃が持ってきた優待券なのだから、雛乃が選ぶべきなのではと思ってしまった。


 「唯華が選ばないと意味ないから」


 雛乃はそう言いながら、優待券を片付ける。

 私の頭にはクエスチョンマークが浮かび上がった。

 はてさて、私が選ばないと意味がないとはどういう意図なのだろうか。

 顔に出ていたのか、雛乃は私の顔を見て、頬を綻ばせる。


 「両親はこの優待券、私にくれたわけじゃないもの」

 「そうなんだ」

 「唯華にあげたチケットだから」

 「そっか。え、あ、そうなのね

 「そう。だから、唯華が選ばなければ意味がないの。というか、私が好き勝手に選んだら多分怒られちゃう」

 「怒られるかな……」


 そんなので一々怒るような人ではないと思うけど。

 少なくとも私の持つおばさんおじさんのイメージは温厚な人って感じだ。怒りとは無縁な人。そんな人たちに育てられたから、雛乃みたいな優しい人間が育つ。それほどに温厚な人だと思っている。まぁ、雛乃の優しさに私はかなり苦しめられてるんだけど。


 「怒られるよ」


 雛乃がそう言うのなら怒られるんだろうな。


 「じゃあ考えておくよ」

 「うん」

 「なに系が良いとかある?」

 「ないけど……」


 雛乃はつーっと目を逸らす。

 あぁ、そういえばそうだったな、と私はとあることを思い出して苦笑する。

 雛乃は不満げに頬をむくりと膨らませる。

 言葉で不服をアピールすることはないけど、こうやって愛らしい態度で示す。それすらも可愛いので嫌な気持ちには一切ならない。狡いなぁと思う。


 「大丈夫、ホラーは選ばないから」


 小さな頃から怖いのはダメだった。

 だからそれを危惧してたんだろう。怖いものを選んで楽しむような性悪女とでも思われているのだろうか。

 まぁ、怖がってる雛乃もそれはそれで可愛いだろうし、「きゃっ」と可愛らしい声を出して、私の腕に掴む。瞳を潤ませて、唇を震わせ、私に囁くように助けを求めるのだ。ふふ、それはそれでありだなぁと思う。

 あれ? 雛乃の危惧は案外正しかったのではないだろうか。

 残念ながら私もホラー系は得意ではないので、選ばないんだけどね。

 ミイラ取りがミイラになりそうだし。

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