♡キフレのちょめちょめ♡

 放課後になり、いつものように教室に残っていた。

 キフレというわけのわからない関係に足を踏み入れてから初めての放課後。

 正確さを求めるのなら二回目なんだろうけど、ややこしいので一回目ということにしておく。

 教室の喧噪な雰囲気の中で雛乃と共に過ごす。

 そういう時は周囲の目を気にしてドキドキしたり、ワクワクしたり、そうやって緊張や胸を躍らせるようなことはなかったんだけど、二人っきりになるとそういう思いが湧いてくる。

 ニコニコと笑いながら顔を出す。

 意識してしまう。

 隠して、押し込んで、包み込んで飛び出さないようにしてる好意も飛び出そうとしている。

 大地を蹴って、高らかと舞い上がるように。


 もっとも、私はそれを良しとしない。

 この気持ちを外に出すことは私たちの関係の崩壊を意味することを知ってるから。

 そうやって自らを脅すことで、心の扉を重たくするのだ。

 簡単に開かないように。

 雛乃の唇に目を奪われる。

 私はこの唇を自由にできる。

 鮮やかなピンク色の唇。

 乾燥はなく、妖しさを纏っていて、弾力も過ごそうで、魅力的だ。


 私の想いは伝えられない。

 伝えることは許されない。

 だから、墓場へと持っていく。

 不幸せだなぁと正直思ったりもする。

 けど良く考えてみると案外そうでもないのかもしれない。

 想いを伝えられないという一点はあまりにも大きく、私を苦しめるようなものではあるのだけど、想いを伝えられない代わりにキスは自由にすることができる。

 セフレみたいな都合の良い相手なような気もしなくはないけど、好きな人と好きな時に好きなだけキスをすることができる。

 想いを伝えられない私にとってこれだけのことが大きな救いであった。

 キスをすれば悲壮に満ちた心は幸福感に満たされ、消えそうな頼りない繋がりもキスをすることで太くはっきりとする。

 キスはただの接吻ではない。

 唇と唇を合わせ、時には舌を絡ませ、唾液を融合させるだけじゃない。

 私に幸せと、希望と、救いを与えてくれるもの。

 キフレというネーミングはこうやって一日経過しても、なんなんだろうと笑ってしまうけど、関係そのものに関しては現時点での理想そのものだと思う。

 キスは私を救う。

 キスは世界を救う。

 私はキスという名の悪魔に憑りつかれてるんだろうなぁと思った。


 「なにかついてる?」


 椅子に座る雛乃は不思議そうに唇を触る。

 そして手のひらを確認する。

 もちろんなにもついていないので手のひらは肌色のままである。

 というか、口紅一切つけていないんだなぁ、と感心する。

 それなのにあんな血色の良い鮮やかなピンク色を維持しているのだ。

 天からの贈り物とでも言っておこうか。

 雛乃は自分のことを可愛くないと評してるんだけど、私はそんなことないと思う。

 アイドルでセンター張れるくらい可愛い。

 実際に雛乃はモテている。

 高嶺の花には声をかけることすら憚られるから、告白されることがないだけで、実際はめっちゃくちゃモテてる。

 心のどこかではモテてるとか、可愛いとか、自覚してるんじゃないかなぁって思うんだけど、真偽は不明だ。

 わざわざ問い詰めるようなことはしないし、本人だってそれを望まないだろうから。

 まぁ私可愛いでしょってスタンスの雛乃もそれはそれで悪くないような気がするけど、やっぱり今の一歩引いたような雛乃の方が私は好みかなぁ。


 「ついていないじゃん」


 不満そうに口を尖らす。


 「ついてるなんて言ってないけど」

 「あんなに見つめられたらなにかついているのかなって思っちゃうけれど」

 「それはそうかも」


 そんなに熱い視線を送っていたのかなぁ……うーん、と少し考える。

 送っていたなぁと自己解決する。


 「なにをそんなに見ていた……」


 私のことを見つめながら固まる。

 そしてハッと目が覚めたかのように目を大きく見開く。


 「キス?」


 雛乃は照れるように問う。

 違う、とも言えない。

 魅力的な唇に見惚れていたというのが始まりなんだけで、深いところを考えてみれば、キスをしたかったになるのだろうなぁ。


 「うん」


 私は頷く。


 「じゃあ、しちゃう?」


 雛乃も満更ではなさそうだ。

 妖艶な表情を浮かべる雛乃を見ながら頬を弛緩してしまう。

 放課後の閑散とした教室に二人っきり。

 吹奏楽の演奏も、サッカー部や野球部の声も聞こえてこない。

 雰囲気は最高潮である。

 放課後に二人っきり。

 邪魔するものはなにもない。

 これ以上にベストなコンディションがあるのだろうかという感じだ。


 「キフレだから」

 「そうだねぇ」


 雛乃の唇に唇を重ねる。

 今日の朝したばかりなのに、数か月ぶりにキスをした……というような感覚に襲われてしまった。

 もうこんなの依存症じゃん。

 唇に依存し、キスに依存し、雛乃に依存する。笑ってしまう。

 朝し損ねたことがある。

 舌を絡ませて、唾液を混ぜて、お互いがお互いを求め合い、満たし合う深いキスをまだしていない。

 朝に比べれば気持ちは大分落ち着いてる。

 もっとも、あの時と比較すればってだけであって、冷静さとは程遠いんだけど。

 舌を雛乃の中に入れる。

 舌先に温かさが走る。そしてその熱は喉元を通って芯まで伝わる。

 愛のないキス。

 私だけが一方的に愛を与えているキス。

 それなのに、私も愛に満たされていく不思議な感覚。

 私のエゴをすべて受け入れてくれるからかな。

 雛乃の味を身に滲み込ませる。

 いつ終わるかわからないから。

 突然、なんの予兆がないままこの関係が立ち消えてもおかしくない。

 だから、こうやってキス出来る時は今日が最後だって思いながら、脳裏に焼きつけるようにキスをする。

 後悔しないように。

 終わってから、後悔しても遅いから。

 ぷはぁと唇を離す。

 いつもよりも長いキスだった。

 雛乃は息が持たなかったのか、若干息を乱している。

 私の唾液が頬についている。

 乱雑で本能に忠実過ぎだったかもと申し訳なくなる。

 雛乃は頬についた唾液をぺろりと舐める。

 満足そうに微笑みながら頬を手の甲で拭う。


 「美味しい」


 雛乃の一言に私は殺されそうになる。

 美味しいってなんなんだよ……。


 「えへへ」


 困ったように雛乃は笑った。

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