第34話 舞花の過去

「ワーズがなくなったとしても、俺たちの関係は変わらないだろ?」


「変わらない、かもしれないけど……でも、私は不安になった」


「どうして?」


「私がまた笑えるようになったのは、ワーズの……優雅たちのお陰だから」


 笑るようになった――そう言われて俺は、当時の記憶が鮮明に蘇った。

 俺たちにとっては、忘れてしまいたい記憶。


「――私が誘拐された時のこと、優雅は覚えてるよね?」


 忘れたことはない。

 忘れるわけがない。

 舞花は小学生の時にはもう子役として活躍していた。

 当時、天才子役なんて言われて世間を賑わせているほどだった。

 それがまさか誘拐に繋がるなんて、当時の俺は思ってもいなかった。

 結果的に犯人は直ぐに捕まり舞花は無事だった。


 でも、それ以降……彼女は芸能活動を暫くの間、休止することになった。

 今も多くの人目に触れるテレビでの活動をしていないのも、その時のトラウマが一番の原因だ。

 でも、もう一つ理由があった。

 舞花はその時の誘拐が原因で――笑えなくなってしまったのだ。

 自然と周囲との関りを絶って学校にも来なくなった。


 舞花が心配で、俺は何度か彼女の家に足を運んだ。

 でも、人が変わってしまったみたいに、目は虚ろになって、話し掛けても何も口にしてくれない。


 俺はそんな舞花を見るのがつらくて、悲しくて――また、笑ってほしいと思ったんだ。 舞花は大切な友達で……幼馴染で、俺にとっては家族と同じくらい大切な人だから。

 そして――その日から、俺は彼女を笑わせる為に色々なことをした。

 子供の発想で出来ることはなんでもやった。

 途中から維持になっていた気もする。

 でも、舞花は笑ってくれなくて……でも、そんな俺に協力してくれたのがワーズのみんなで――俺たちは一本の動画を作った。


 その時はまだ、配信者として活動していたわけじゃない。

 だから本当に初めて完成させた動画だった。

 今から思えば拙いもので決して誰かに見せられるものじゃない。

 でも、当時の俺にとっては最高傑作。

 これを見たらきっと舞花は笑ってくれる――そう思って俺は、彼女にその動画を送信した。


 最初は既読が付くかも不安だった。

 でも、暫くして既読が付いた。

 それからは、ずっとドキドキしっぱなしだった。

 返信が来るかもわからないのに、ずっとスマホの画面を見て、舞花からの連絡を部屋で待っていた。


 そんな不安が一瞬で吹っ飛ぶくらい、嬉しい連絡があった。

 その連絡はメッセージじゃなくて、音だった。


 ガラガラッ――と、窓が開く音がした。

 俺も、慌てて窓を開くと舞花の顔が見えて――


『ゆうくん……ありがとう』


 そう言って目に涙を浮かべながら、笑ってくれていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る