第33話 思い出の場所

     ※


 自由みゆの家から三十分ほど歩いた場所にプレハブ小屋が見えた。

 初めてここを見つけたのは小学校二年生くらいの時だった。

 舞花や自由みゆ、相楽と『冒険』と称して、色々な場所に出歩いていた。

 そんな時に見つけたのがこの場所だ。

 誰が所有している物件なのかはわからない。

 でも、人が住むには狭い、でも子供が数人集まれるくらいのスペースがあって、俺たちはここを勝手に借りて、秘密基地と称して集まるようになったのだ。


「まだ……残ってたんだね」


「入れそう?」


 扉を開くと、当時のままの光景が広がっていて、時間が止まってしまったような錯覚に陥る。


「すごい……ねえ、優雅……何も変わってないみたい」


 舞花は目を輝かせて、無邪気に笑っている。

 そんな彼女を見て――俺はまだ小さかった時の舞花を思い出してしまった。


「本当に、あの頃のままだな」


 ここには色々な思い出が詰まっている。

 置かれている物は、自分たちの家から持ってきたものや、その辺りに捨てられていた物だった。

 ソファや椅子なんかも含めて全部そうだ。


「なんか、思っていたよりも綺麗じゃない?」


「そう、だな。

 もしかして、誰か定期的に来てたのか?」


 長年使っていない割には埃もほとんどない。

 まるで綺麗に掃除されているようだった。


「とりあえず……座るか?」


 言いながら、俺はソファに腰を下ろした。

 なぜか遠慮するように、少し俺と距離を置いて舞花が隣に座る。

 さっきのことがあって、まだ気恥ずかしいのかもしれない。


「ほんと……懐かしいな」


 ソファから室内を見回しながら、俺は独り言のように呟いてしまう。


「あの頃は、楽しかったよね」


「そうだな」


 今だって、楽しいことはある。

 舞花も勿論、それは同じだろう。

 だけど、あの頃のほうが楽しいと思えることがあったのも間違いない。

 子供の頃は全てが新鮮だったからこそ、難しいことは考えず純粋に楽しめたのかもしれない。


「不思議なもんだよな。

 たった数年で色々と変わっちゃうんだからさ」


「……何も、変わらなければよかったのにな」


 その舞花の言葉には、色々な想いが含まれている気がした。


「ねぇ、今とあの頃……優雅はどっちが楽しかった?」


「……どうなんだろうな。

 あの頃と今じゃ、楽しさの質が違う気はする。

 でも純粋に楽しめたのは、子供の頃かな」


「そうだよね。

 今みたいに……迷うことも、悩むこともなかったもん」


 言って舞花は、バタッ――と、ソファに首をもたれさせた。


「何も考えずに、楽しいことだけして、生きていけたらいいのにな」


「でも……できない、よね」


 それは、当然俺も舞花もわかっていることだ。


「大人になるつれ責任が増えていく。

 自分の人生に責任を持てるのも自分だけ――だから、迷ったり考えたりして、生きていかなくちゃいけない」


「……優雅は、大人だね。

 なんか、置いて行かれちゃうみたいで……やだ」


「そんな、我がまま言うなって」


「置いて行かないって、言ってくれないの?」


 舞花は身体を起こすと、窺うような上目遣いで俺を見た。


「舞花なら大丈夫だよ。

 俺がいなくてもさ……」


「大丈夫じゃない。

 優雅が傍にいてくれないと、私……全然大丈夫じゃないから」


「我がままなのは変わらないな」


「そういう風にしたのは、優雅だから」


 確かに、そうかもしれない。

 でも、あの頃の舞花は放っておけなかった。

 それだけの理由があった。


「ああ……そっか。

 わかった気がする」


「うん?」


「多分、ね。

 ……私、寂しくなったんだと思う」


「寂しく?」


「ワーズが解散しちゃったら、何か変わっちゃう気がしたから」


 ゆっくりと、自分の考えを整理しながら舞花は話し始めた。

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