第35話 心の支え

「あの頃のワーズは、まだ配信活動する前だったけど……みんなが作ってくれた動画は、間違いなく私の心の支えだった」


 舞花の言いたいこと、彼女の抱えている想いが、俺にも少しずつわかってきた。

 あの誘拐以降、舞花はなんとか立ち直った。

 でも、それは俺やワーズに強く依存していたからで、


「ワーズがもし、なくなっちゃったら……もしかしたら私はまた、あの頃に戻っちゃうんじゃないかって……」


 舞花の瞳は不安に揺れていた。


「そんなこと……」


「ないって思いたいけど……不安なの。

 形があったものが、なくなっちゃったら……私たちの関係まで、なかったことになっちゃうんじゃないかって……」


「それはないよ。

 もしそうなっても……俺たちは友達だろ?」


「友達だとしても……ずっと一緒にいられるわけじゃない。

 優雅が変わっていくみたいに……みんなも、変わっていっちゃうかもしれない」


「四六時中ってわけにはいかないけどさ……それでも、大人になったとしても、変わらないものだってあるだろ?」


「変わらないって保証なんてないよ。

 ワーズだって、変わらないって信じてた。

 でも、変わっていく……優雅がいなくなって、もしかしたらこのまま、なくなっちゃうかもしれない」


 変わらないものはない。

 そう思ってしまったのは、ワーズの変化を目の当たりにしてしまったから。


「それでも、変わらないものはあるって、俺は思う」


「そんなもの、あるのかな……私は、もし変わらないものがあるなら、欲しい。

 永遠に変わらないもの……心から信じられるものが」


 舞花にとってのワーズは、依存にも近いものだったのかもしれない。

 その心の支えが唐突になくなってしまって、舞花は強い不安に襲われてしまったのだろう。

 誰にだって、やむを得なく人や物に依存してしまうことはあるかもしれない。

 だけど、


「……なあ、舞花。

 少しずつでいいから、お前は……その不安な気持ちに立ち向かっていかなくちゃいけない」


「わかっ、てる。

 でも……怖いの……」


「そうだよな。

 舞花はずっと闘ってたんだもんな」


「……優雅」


 彼女を見ていたからわかる。

 子供が誘拐なんてされたら、そのトラウマは完全に消えることなんてないだろう。

 忘れたくても、忘れらない。

 今でも舞花は、暗い場所や狭い場所が苦手で、不安障害が出てしまう時だってある。

 テレビのような多くの人の目に触れるメディアに出れば、また同じようなことが起こるかもしれない。

 それが不安で舞花、子役の仕事も――大好きだった演技もできなくなってしまった。

 だけど、それでも、少しずつ立ち直ろうとずっと闘ってきた。


「雑誌のモデルを始めたのだって、いつか役者として演技の世界に戻れたらって思ってるからだろ?」


「……うん」


「頑張ってる舞花を、俺はずっと見てきた」


「優雅は……ずっと傍にいてくれたもんね」


「そんなの、当然だろ」


「……友達、だから?」


「ああ」


 俺が頷くのを見て、舞花は小さく笑って、でも少しだけ悲しそうに視線を伏せた。


「優雅にとって、私は……友達じゃなくちゃ、ダメ?」


「うん?」


 それは、どういう意味だろう?


「――私は……優雅のことが、好き」


 俺の疑問への回答が、舞花の口から聞かされた。

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