神さまのワンピース

虹乃ノラン

神さまのワンピース

 陽花里ひかりのウェディングショーのオーディションが来週に迫っていた。彼女は五つ年上だが三十代にはとても見えない。幼い頃からバービー人形に憧れてモデルになる夢を叶えた陽花里は小さな仕事をこつこつと熟してきた。

 初めて出会ったのは、陽花里が出演したCM撮影のときだ。スーパーのCMで、子供と手を繋いだ母親役だった。完全な脇役で映るのは手だけ。それでも健気にスタッフに挨拶をして回り、送迎車の担当ドライバーだった俺にまで、お茶を運んできてくれた。それですっかりやられた俺は、アタックし続け……めでたく今日を迎えるというわけ。

「どうしよう雄太、カレーが飛んじゃった! オーディションで着る予定だったのに!」

 涙を浮かべ声をふるわせる。いつも頑張りすぎる陽花里は、予想外の出来事にめっぽう弱い。

「大丈夫、まだ間に合うって。俺明日休みだから、クリーニング屋行ってくるよ」

「ほんとに? やっぱりカレーにするんじゃなかった! 白のワンピがもう台無し!」

 明日誕生日を迎える俺のために、二日目のカレーを用意しようとしてくれていたのが言わなくても伝わる。大事なワンピースをなんで料理しながら着てたのか、そこは謎だけど。

 時計を見ると夜の八時。いつもの店は閉まっていた。駅から一本入った裏道で、クリーニング屋の看板をみた記憶があった俺は、ワンピースを持って走った。

 店はすぐ見つかった。ピンクの丸看板に《八》の文字。間に合った! と中に飛び込み呼び出しベルを押すと、なぜかガラガラと鈍い音が鳴った。

「申し訳ありません。お受けできません」

 赤い袴を履いた女が出てきて言った。

「え、だって、あの、これここに《染み抜きいたします》って書いてあるし」

 俺はポスターをさして身を乗り出す。

「当方は不浄落とし専門です。染み付いた現世の汚れは八百万の皆様が抱える大きな悩みでして。しかしあなた方の汚れは根本的に異なります。どうしてもと言われるのであれば、そっくり同じ品物をご用意いたします」

 女は白いワンピースを広げると回転式ワゴンに引っ掛け、そのままくるりと裏返し、奥から別のワンピースを取り出す。

「通常このようなことはしませんが、どうしたわけか、あなたはこの店に足を踏み入れてしまいました。このままお返しするわけには参りません。いやはや不思議なものですね」

 不思議なのはこっちだ。一切合切が腑に落ちない。だが広げられたワンピースは確かにまったく同じ形をしていて、これをくれるというならそれもよいのでは、と瞬時に考えが過る。とにかく陽花里を泣かせたくない。

「しかし問題がありまして、こちらをお召しになると神さまになってしまいます。それでもよければ」

「――どういうことですか」

「はい。えーっとこれは……」裾をまくり上げて品質表示タグを指でつまむと、目を細めた。「相手の本心を見抜けるようになるようです。しかしご安心ください。効果は着ているときのみ。大した影響じゃありません」

「いいわけないでしょ? 明日他へ持って行くから、さっきの返してくれませんか」

「一度持ち込まれた品物は戻せません。ア、もうこんな時間」

 お帰り下さいと無理やり追い出される。

 俺は腕にワンピースを抱えたまま、しばし途方に暮れたが、このまま立ちつくしていてもどうにもならない。とりあえず陽花里の待つ部屋に戻る。

「え、新しいやつくれたの⁉ ラッキー」

 変な店で違う服を渡されてきたのに陽花里はこの反応だった。全然いいよと喜んでいる。

「さっそく着てみるね!」

 ワンピースを掴むと小走りで部屋へ入る。まずい、女が言っていた神さまの力とやらが発現するとどうなるのか先に試すべきだった。

 でも嘘なんて何もついてない! 大丈夫なはずだ……。心臓をばくばくさせながら陽花里を待った。数分後、白いワンピースに包まれて部屋に立つ陽花里は、やっぱり誰よりもきれいだった。ウェディングドレスじゃないけど純白のドレス仕立てだった。

「ねえどう?」スカートを翻して狭い部屋でくるくる回る。カレーが飛んだ理由はこれか。

 するととつぜん陽花里が動きを止め、「雄太、ねえそれ本当?」と表情を固める。

「え、俺今なにか思った⁉ 秘密なんてないよ!」

 陽花里が俺に抱きつく。「やだ! 雄太あたしとまったく同じこと考えてた!」そういって胸に顔をうずめ、ぼろぼろと泣いた。

 俺たちは籍を入れ、陽花里はオーディションを通過した。ショーの本番は三か月後だ。その前に、なんとか本物のウェディングドレスを着てもらおうと俺は式場探しに躍起になっている。

 白いワンピースを着た女神に永遠の愛を誓う。



(おわり)

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神さまのワンピース 虹乃ノラン @nijinonoran

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