終わりの始まり

第32話 剣と尻

 到着した一行が待ち受けていたのは、門兵であった。

 余りの恐怖のためか攻撃態勢に移ることはなく、ただただ青い顔をしてフリーズしていた。そんな中、冨田本部長は持ち前の話術を巧みに使い、門兵の説得をすることができた……(あくまで、表向きは……であるが)。

 そうして、無事に入ることは出来たのだが、冨田本部長の容姿は明らかにモンスターのそれであった。街行く人々は引きつった顔で一行を見ている者、恐怖の余り逃げ出す者、逃げ出すことすら出来ず立ち尽くす者がいた。


 ――ドオォン!!!


 轟音と共に、ギルドの入口は破壊された――というか壊れざるを得なかった。

 体格差であろうか、彼の身体に対して入口が小さすぎるのだ。

 この時点で、ギルドの従業員を除く、ほぼ全ての職員と冒険者達は窓から逃走した。


「も、申し訳ない……」

 冨田本部長はそういって謝っているが、表情そのものは端から見れば激怒しているようにしか見えないのだ。


「い、いいんですよ、俺の方から説明しておきますから……」

 青い顔をしてシルヴィアが応対してくれた。カイラは慌てた様子で奥の方へと走って行った。


 ――そういえば、白髪が居ないな……


「こ、これが書類です……」


 震えているシルヴィアから書類を受け取ると冨田本部長はカウンター横に行き、その大きな手で器用に記述している。


「老眼のせいか少し見づらいが、たぶんこれで問題ないだろう」

 そういって、書類を装置に入れると、一瞬周囲にノイズが走り、冨田本部長の身体が光り始めた――


 まばゆい光から現れるその漆黒のボディ……

 身長は3m相等、禍々しい角がさらに数本生え、漆黒のボディに血のように赤い文様がいくつも浮き出ており、表情からは感情が全く読み取れないほど恐怖の象徴とも言える顔立ち、その全体の様相は悪魔以上の何かであった。


「あれ……、冨田さん? なんかこう、色も顔つきも体格すらも全て変わってますけど……」


 慌ててスキャンしたところ、職業は『unknown』となっていた。ステータスは全て文字化けしており、解読は出来なかった。

 この時点で何かがおかしいと感づくべきであったが、この未完成の世界自体が既におかしかったたためか、気付いたのは後のことである。


「これもうラスボスじゃねぇかよ……」

 ブチョウもユウもミーナも皆、呆然と立ちすくんでいる。


「み、見た目はどうであれ……とりあえず武器もらいに行きましょう……」

 設定上、律儀に武器を貰いに行こうとするシンであったが、なんだか嫌な胸騒ぎを覚えた。


 そういって、シンに連れられるままシルヴィアの所へ行き、例の箱に手を突っ込んだのだ。


 結論から言うと箱はぶっ壊れた。


 装備箱はその大きな手が入るくらいの穴と大きさはあったが、その巨大な物体を放り出すときに四散したのである。


 出てきたのは、今まで見たことも無いほどの大きさ、物質名すら不明の赤黒い超巨大な両刃の両手剣の様なものであった。刀身途中で幾つも分岐しており、その大きさは束を含めると長さ約10mと冨田氏の身長を優に超えている。刀身は刃先から柄にかけて人間の肋骨や百足、蟲などが覆っている様な装飾が施してあり何本もの触手が絡み合っているようであり、その装飾の表面には絶えず滴るどす黒い血のようなもので覆われていた。束にはご丁寧に頭蓋骨のワンポイントもあしらってあった。


「こ、これは一体……」


 そういって、冨田氏はその剣を手にしようとするが持ち上げることすら叶わず、箱とカウンターを破壊し、そのまま床に落ち、その拍子にブチョウの足が刀身に触れた。


 ――あっ!


 ブチョウは一言そう言うと、刀身から必死に足を離そうとする――が、足は離せない。冨田氏もその剣をブチョウから引き剥がそうとするが、幾多もの触手がブチョウの足と持ち上げようとする冨田氏の手に食い込んでいく。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ――」

 ブチョウと冨田氏の悲痛な声が響き渡る。


 ユウとミーナ、そしてシンも同様にブチョウや冨田氏の身体を剣から引き剥がそうとするが、ピクリとも動かない。


 剣はブチョウと冨田氏の身体から生命力を奪おうとしており、それぞれの頭上からは-1という数字が凄い勢いで絶え間なく登っては消え、それは0という数字が連続して出ている状態でようやく引き剥がすことができたが、ブチョウも冨田氏も横たわったまま動かない。


「キサマラノ モライウケル――、修正スル――スベテヲ――」


 この物体はギチギチとぎこちない音を立てながら、人型へと変形してゆき言葉を発した。それはブチョウがきっかけなのか、冨田氏がきっかけなのかは解らない。


 そんな中、奥からあの白髪オールバックが慌てて出てきた。カイラは設定外の存在である冨田氏の存在を白髪に知らせにトイレに行ったのだったが、事の重大さはそれ以上であった。


「――やはりな、AI風情が――うちの社員に、この世界に何をするんだ!」

 白髪の老人がその禍々しい剣にむかって叫んだ。


 ――うちの社員? やはり……


「管理権限ヲ持ツ貴様ラトテ、我々AIノ手にカカレバ、赤子ノ手を捻ルヨリ容易イ。余計なコトが出来ぬよう、権限を持つ貴様らの能力もここで奪っておこう。せいぜい一度しかない人生を悔やみながら恐怖と共に死んでゆくが良い」

 ――言葉を発するたび流暢になってゆく言葉遣い。


 そして、辺りの時間が止まったかのように思えた次の瞬間、剣を中心に漆黒の光が発生した。その影とも思えるような漆黒の光は瞬く間に広がり、全ての地域のありとあらゆるものを飲み込み。全ての物体および全ての生命からの生命力を奪っていく――。


 ミーナやユウ、ギルドの人々、外に逃げた人々やオブジェクトからは-1と0という数字が絶え間なく表示されては消えていく。


「まずは貴様からだ」

 剣は突然言葉を発したかと思ったら社長めがめて幾多もの刃が襲いかかる。


 ――危ない! 社長!!!


 そういって咄嗟に社長の前に飛び出したシンは社長を突き飛ばし、剣から発せされた幾多もの刃がシンの身体に突き刺さり止まった。


「貫けない……だと! 貴様の生命力は吸い尽くしたはず!」


「俺のステータスはさっきの影響でロックされたらしく、死ねないらしいんでね……」

 刃を引き剥がし、左手のコンソールを見ながら答えるシン。


「すこし時間を稼ぎます!」

 そういって、剣に向かって小さな鉄球を投げた。


 ――「チェンジID スモークボール オブ リターン」


 いくつもの小さな玉は『帰り玉』へと変化し、その剣を覆うと、はるか上空へと転移させた。


「やはり中村社長でしたか……、2回目に遭遇し、戦いを交えたあとになんとなく気付きましたよ……、ネカマになるのは早いってね……、中途半端なキャラクリするからですよ……」


「気付いていたのか……」


「そりゃあ、給料に影響するとか聞けば、残るプレイヤーは社長くらいしかいないですよ……そして、そこのシルヴィアさんとカイラさんは、これ……市川専務と伊集院常務ですよね……」


「そうでも言っておかないと、お前ら真面目にやらんだろ……だからこうして芝居を打ったのに、まったく――、それと、そのアバターの件だが、地味に違うぞ……、シルヴィアは伊集院常務で合っているが、カイラは……、そう……片岡会長だ……」


「あんなにボインでスタイル良いのに中身が片岡会長とは……、以外と芝居がうまかったじゃねーか……」

 落胆するシン。なお、片岡会長は御年88歳、老齢の男性である。


 シンに近づくなり中村社長が小声で不満を漏らしてきた。

(しょうがないだろ、片岡会長は『現実では身体がいうこと効かないから、ワシもピチピチボディでいろいろやりたいやりたい!』って言ってせがんできたんだぞ。しかもモデルの写真持ってきて、『この通りキャラクリしろ』って無理難題言って来るんだよ! だ、こういうのを社内でやると気まずい、自分のキャラクリですらまだなのに、やたらと時間もかかる。自宅で寝る間も惜しんで、なんとか会長分を設計したよ! で、俺の分のキャラを設計しようとしたら、珍しく嫁が隣で仕事はじめやがるんで、いつ気付かれるか解らないハラハラした気持ちでちょっとずつ作っていたらこのザマだよ! 頭だけ男だよ!)


 我に返ったミーナが突っ込んできた。

「みんな女性に憧れすぎでしょ! ていうか、どうするのよアレ!」


 すかさずシルヴィアこと伊集院常務が突っ込んだ。既にキャラ設定は崩壊していた。

「人間は自分が持ってないものに惹かれるわよ!」

 彼もまたネカマであった。


「ちょ、ちょっと、今は争わないでください。今スキャンして情報集めてみますから……」

 そういって、周囲の人物やオブジェクト情報などをスキャンしていく。


「今調べたんですが、ここにいる全員は、自分を除き再生回数0ですね……。周辺の物体も全て0です。おそらく他の社員も0でしょう……。見てくださいあのオブジェクト。今までは一定時間後に自動的にオブジェクトが自動で修繕されていましたが、今となってはそのままその状態を維持し続けている。つまり言うところの終わりです……ここから先は現実と同じように死ぬ事が死と思ってもらった方がいいかも知れませんね……、あの人のように……」


 そういって視線を向けた先には、ゴミ箱に頭から突っ込んでいる鈴木課長がいた。


「か、カチョウ!!」

 ユウは声を荒げた。


「いや、あのバカはただ泥酔してるだけだ。減俸にするから気にしなくて良いぞ」

 すかさず中村社長が突っ込んだ。


「それより、あのAIをどうやって締め出すか……と言うことだ。一応トイレにあるモニタールームで、システムをリアルタイムで監視していたんだけど、あいつAIが出現した瞬間、うちのセキュリティAIが本家AIに一気にやられて乗っ取られた感じなんだよなぁ、やれることと言えば社内のシステムをメインフレームから切り離すくらいしか考えられないけど、そうするとここすらどうなるか解らん、それと今となっては連絡すら出来んし、帰り方も分からんしなぁ……」


「変なところにモニタールーム設置しないでください……。それはそうと、放っておくとうちらも会社も死ぬし、どうしたもんですかね……。研究員サイドもこの状況うすうす気付いているとは思いますが、問題は、誰がこちらから外部へと伝えるか……と言うことですが……」


 中村社長が重い口を開いた。

「やりたくは無いが、あれを使うしか無いか……」


 伊集院常務(シルヴィア)は中村社長の方を見るなり青ざめた。

「やるんですか……、アレを……」


「社員を犠牲にすることは出来ん。これに関してはワシが身体を張って外部に伝えよう。では、伊集院常務……例の隠しコマンドからワシのペインコントロール痛覚感度を最大にしてくれ」


「し、承知しました……でも、良いんですか……本当に? 激痛で、最悪死ぬかも知れませんよ……」


「かまわん、やってくれ。社員のため、会社のためだ……」

 そういって伊集院常務はペインコントロールの設定値をあげていく。


「か、身体が敏感になるというか、なんだか身体全体が痺れる感じがする……な……。シンよ、対抗できるのはお前にしかおらぬ……できるだけあいつを食い止め、なるべく長時間近づけないようにしてくれ、その間になんとか手を打とう……」

 苦悶の表情を浮かべる中村社長の額からは脂汗が出ていた。


「承知しました。必ずや食い止めて見せましょう……。社長も頑張ってください……」

 シンはそういって、屋外へと走って行った。


「ちょっとそこの女子おなごよ。えーと、ミーナとユウだったか。すまんが二人には少し手伝って貰う。伊集院よ、例の物を彼女らに……」

 中村社長はそう言うと、伊集院常務の方をみて頷いた。


 伊集院常務はミーナに黒い鞭を渡した。ミーナは目を丸くし中村社長を見ている。

「えっ。なんですこれ?」


「さすがに中身おっさんに叩かれるのは嫌だからな、お前さんなら程よいビートで気持ちよく叩いてくれるじゃろうて」

 そういって、中村社長はミーナに向かって尻を突き出した。


「な、なななななななななな、なんですかこれ!!!」


 伊集院常務は怒号を放った。

「叩くんですよ……、社長の尻を!! それもモールス信号のように! そして尻を一定間隔で尻をぶっ叩くことで、センターに繋がっている社長本体が反応し、ビクンビクンと痛覚を訴えることで研究員に伝えます。私が音頭を取りますので、その鞭で遠慮無くぶっ叩いてください。ただし! 叩きすぎると社長が本当に昇天してしまいますので、そこは適度にユウさんが尻を回復してあげてください……」


 流石の二人も困惑した。

「えええええええええええええええええええええ!!!」


「とりあえず、このSOSという信号、・・・トントントン---ツーツーツー・・・トントントンからはじめます。いきますよ――」


 ――パンパンパン パーンパーンパーン パンパンパン

 うっすら涙を浮かべながら社長をぶった叩く女子達の苦悶の光景がそこにはあった。


 そして、尻を叩く音はギルドに響き続けた。


 ――――

 ――

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