第22話 暴れる老眼

 なんとか食事とタスクを終え、次の目的を決めた。

 タスク報酬は、ヒーラー用の杖『1番アイアンゴルフクラブ』であった。

 ユウはゴルフクラブなんて可愛くない!と嘆いていた。ブチョウはしきりにオプションで付いていた赤い靴下ヘッドカバー被せれば可愛いから!と説得していたが、本人はそれでも不服そうであった。回復力、攻撃力ともに高いのに……。


 タスクリストは、リアルタイムで更新されていく――。

 我々の次の目的は、まだだれも開始されていない『ゴブリン退治』ということにしてみた。

 なんとも雑な設定だが、街のはずれのゴブリンの村があって街を襲撃する訳でもなく、畑を荒らすわけでもなく、ただただ農業をし、森で狩猟しながらのんびり生活しているコミュニティである。それを退治しに行かなければいけないらしい。


 なんとも良心の呵責に押しつぶされそうなクエストだな。


「やるんすか、ブチョウ……このクエスト、正直気が進まないんですが……」

 人道を外れそうなクエストに一行の足取りは重い。


 このゴブリン達の村は、街から1時間ほど歩いたところにある。

 馬車を借りようと思ったが、遠方に行くタスク消化勢が、朝一で借りていったらしく、最後の1つを借りようとしたとき、クロウとカツヨシが来て朝一で泥酔してしまったカチョウを現場に連れていきたいと切望するので馬車を譲ったのであった。


 ――――

 ――


「だって、タスク報酬にバイトリーダーの武器って書いてあるんだぞ。俺向けだろこれは」

 ブチョウはそういって元気そうに歩いている。


「絶対罠ですよ、これ。退治したら恨まれること120パーセントですよ……退治したら事あるごとに襲撃されますよ絶対」

 ブチョウの横に回りしきりに説明する。


「しょうがないじゃん、タスクこなさないと殺られるのは我々だぞ」

 そういって、人差し指を胸に指を突きつけてきた。


「ううむ……仕方が無い、友好的ではあるかも知れないので、事を荒立てず、まず様子を見てからにしましょう」

 そうこういっているうちに、彼らの住まう村まで来ると、悟られぬよう木陰に隠れた。村の周囲には、ゴブリンの子どもたちが無邪気に駆けっこやサッカーをして遊んでいた……。まるで平和そのものである。


 とはいえ油断はならない、深夜になるなり豹変し襲ってくるかも知れぬのだ。


 そんななか、木陰からこっそり見ていた我々だったが、ひょんなことに一人の子どものゴブリンと目が合ってしまった。


 ――!


「とーちゃんのかたきー!」

 ちびっこいゴブリンが襲ってきた。


「とーちゃんのかたきじゃないよまったく……、とーちゃんまだ生きてるからな。」

 その様子を岩陰から見ていた子どもの父親が、慌てて出てきて子どもをとめた。


「くっ……。かーちゃんのかたきー!」

 下に落ちている木の枝を掴むと、降りかかろうとした。


「いや、かーちゃんも生きてるし、あそこで洗濯物干してるだろ……」

 子どもの腕を掴んで引き留めている。


「ひっく、ひっく……。だって……とーちゃんとかーちゃん、殺されちゃうんだろ……。いまから演技しておかないと本番の時にちゃんとできないかもしれないじゃないか……」

 そういって泣き出す子どもゴブリン。


「いやぁ、えらいすんまへんなぁ……。うちの子が突然襲いかかろうとして……。あっ、うちらもことは気にせんでくれてかまいませんから。ちょっとまぁ未練というか、こいつの大きくなった姿が見たかったなぁ……って」

 そう言って涙をうっすら浮かべ暗い顔になるゴブ父。


「いやだよー! とうちゃんとずっと居たいよー! 今度『暗殺術』とか教えてくれるって言ったじゃないか!」

 そういってゴブ父の腕を掴んで離さない。


(なんか今、凄い事言わなかったか、この子ども……)


「ごめんな、とーちゃん。暗殺術教えてあげられなくってなぁ……。あっ。いいんです。うちらの事は気にせんといてください。なるべくこう……、痛みを感じないくらいバッサリと一瞬で、子どもに、……父の生き様を見せつけるようにお願いしますわ……」

 そういって、ゴブ父は首の後ろ延髄を差し出して来た。


「とーちゃーん! とーちゃーん!」

 いっそう泣きじゃくる子ども。


 ――一同は暗い表情でゴブリン達を見ている。

 うっわぁ……すっげぇりずれぇ……。


 暫くの沈黙が流れたその時重い空気を割るように言い出した。

「い……いや、お……おれたちは、君たちを倒しに来たんじゃないよ……。ちょっと様子を見に来ただけなんだ」


 そういうとゴブリンの子どもの目が変わった。

「じゃあ、おにいちゃん達の首をくれるって事でしょ!!」

 キラキラとした眼で我々を見てきた。


「やらんやらん。と、とりあえずここの様子だけ、みせてくれないかな……」

 ゴブリンの子どもに訊いてみた。


「んー。いいよー! いいよね? とーちゃん」

 そう言うと、にっこり笑って手をぎゅっと握ってきた。


「気をつけてけよー! とーちゃんとかーちゃんも後からくからなー!」

 ゴブ父は立って黄色いハンカチを振っている。


「じゃあってくるねとーちゃーん! ちょっと長老の最後見に行ってくるー!」

 そう言って子どもは最後に不穏な言葉を叫んだ。


「おいらゴライって言うんだ、おにーちゃんたち人間でしょ? どうしてこんな所に来たの?」

 ゴブリンの子どもこと『ゴライ』が後ろ向きに歩きながら訊いてきた。


「そりゃあ、こっ、ころ……。この地域の調査さっ!」

 あぶない。余計な本音が出るところであった。


「なぁんだ。ただの調査かぁ。つまんないのー。」

 ゴライはそう言うと手を頭の後ろで組みながら前を向き歩き出した。


 村は木造建築がメインである。地面からは基礎が数本でており、高床式とでもいうのだろうか、俺の腰ほどの位置に床がくるような形で設計されている。

 屋根は藁葺わらぶきき屋根で、そこそこの風には耐えられるよう、梁に何重にも括り付けられているようであった。

 中央にはメイン通りがあり、横幅は馬車3台分は通れるであろう道幅であり。隣家とは、10mくらい離れており、ゆったりとした佇まいである。その道ばたで、ゴブリン達は好き好きに露店をつくり、野菜や果物などを販売しているようであった。

 ただ、我々に気がつくと、皆顔を青くしてガタガタと震えている。

 なんだか申し訳ない気持ちになった……。


 そうこうして、村を散策しながら暫くすると、長老の住まう場所に到着した。

 そこは一際ひときわ高く、先ほど村で見た2倍近くの高さがあるやぐらが建っていた。もちろん入口は2階なので老人には重労働であるが、階段では無く、ご丁寧にスロープ状になっておりバリアフリーである。


 ふと、菱形の見ると黄色い標識が横にあり『30%↗』って書いてあった。

 これは登り始めの位置から約28mほど歩くことで、高さ8mの入口にようやくたどり着けるくらいキツめの勾配である。一応、登れなくはない。だが下手して足を滑らしたりなんかしたら……、そう……長老やうちらの最後になりそうである。


 なんとか登り切ると、ゴライは叫んだ。

「ちょうろう!! ちょうろう!! 居るんでしょ長老!」


「おおぉ……、ゴライかー…… どうしたんじゃ、こんな所へ…… 昼飯はさっき食べたばっかりじゃぞ」

 櫓からのっそりと白髪のゴブリンが出てきて、欄干らんかんにしがみついた。


「長老……。まだ昼にもなってないですよ……」

 朝の挨拶のような軽いジャブが入った。


「うぅぅ……。おお……、すまんかったなぁ……。して、こちらの緑色じゃないゴブリン達はいったい何じゃ……?」

 杖で我々の方を指した。


「い、一応彼らは人間なんですが……」

 ゴライは長老に近づくなり恐る恐る長老に伝えた。


「な、なんじゃと!! とうとうワシの命を奪いに来おったか!!」

 そういって、長老はビックリしたようでやぐらの奥へと移動しベッドへと座った。

「すまないゴライ……ワシはもうここまでじゃ……後の事は任せたぞ……」

 そう言うと、長老は首が見えるように横たわって涙を流していた。


「いやいや、長老うちらただの調査だから、とりあえず抹殺したりしないから!」

 それを否定するように、涙を流す長老へと言った。


「――とりあえ……ず?」

 長老は半分おきあげると少し涙が止まった。


「ワシらジェノサイドされるんじゃ……。この村ももう終わりじゃ……」

 再び横たわり、シクシクと涙を流す長老。


「いやいやいやいや。調査ですよ。調査! 殺らないから! 抹殺したりしないから! ジェノサイドもしないから!(今は)」


 はて、なんか最後に聞こえた気がするのじゃが……。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりではないんです……。一応訊きますが、ギルドからはゴブリン退治と聞いては聞いて居るんです……なんか、こう……この言葉に近い何か聞き覚えのある言葉やお困りごととかありますか?」

 ユウが長老に対してやさしく語りかけた。


 長老はその言葉を聞き、首をかしげてハッとした。

「ああぁ……ゴブリン?……ゴリブンという悪性植物ならおりますが……。」



 ブチョウは眼鏡を外し、タスクリストに近づいてじっと見てみる……


「ゴリブンじゃねーか!! 紛らわしいんだよ、あのクソシステムめ!! っていうか老眼の固有スキルはずせやあぁぁぁぁ、手元が良く見えないんだよ!!」

 バットを振り回し暴れているブチョウ。

 周囲ではゴブリン達が涙を流しながらプルプルと震えて怯えていた。


 ユウが止めに入った。

「んもう! ブチョウ落ち着いて下さい!!」


「ブチョウのせいで、危うく善良なゴブリン達を抹殺して地獄絵図になるところでしたよ! まったくもう……」

 腕を組みながらミーナも呆れはてていた。


 ブチョウをよそに、長老に尋ねてみた。

「で、その……、『ゴリブン』ってのは何なんです?」


「実は、ここ最近ゴリブンという蔓植物がこの奥に蔓延はびこっておりましてな、非常に困っているのですじゃ……。村の収入源のほぼ半分となる苔と薬草は、この洞窟の奥にしか生えぬのですが、この植物が厄介で厄介で。」

 長老は、そういうと1冊の本を本棚かり取り出し、皆の前に広げて説明した。

「その植物は侵入者の目を狙って種子を飛ばし攻撃してくる悪性植物……。こいつは繁殖力が桁違いに早く、芽が小さいうちに摘み取らないと、僅か数日で開花し、襲ってくるのじゃ……。村の皆で交代制で小さな芽を摘み取っては居たのだが、ゴルオがついうっかり寝坊して、そのまま摘んだ事にして次の当番へと回覧板を回してしまったんじゃ……。その後のゴリスは前の人がやっているから1日くらいサボってもいいだろう……と考え、そのまま次の人へと……を繰り返した結果このうよな事態に……」


 そういうと長老は両手を掴んで懇願してきた。

「たのむ!ゴリブンを退治してはくれないだろうか!!」


「そういうことなら任せて下さいよ! っと。やっとなんか冒険らしくなってきましたね、ブチョウ」

 くるりと振り返ると、ブチョウの身体は半分凍っていた。

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