第15話 腕立てとモザイク

「ふぅ……。腹は膨れたが味はまぁまぁだったな……」

 ブチョウはいつも一言余計だ。あんなにも美味しかったのに……。


 会計も済ませ、一同は食堂兼ギルドを後にした。

 もう既にあたりは暗くなっている。外に出ると肌で解る冷たい風。

 現実の都会ではなかなか見ることの出来ない真っ暗な空に、様々な星々が瞬いていた。


「そういえば現段階では宿屋が数か所に分かれて存在しているってさっき店員さんが言っていたので、まずそこへ行ってみましょう」

 そう提案すると、マップを見ながら、目的地となる場所を探した。


 そうしてギルドを出たのち、改めてあたりを見ると、周辺は歓楽街のようであった。時間で出現するのか昼間には無かった不穏な看板には煌々と明りが灯っている。ただ看板自体は目を細めなければなんだか良く分からない『それらしいシルエット』しか確認できない。


 ユウはブチョウに訊いてみた。

「ねぇ、ブチョウこれって全年齢対応なんですよね?」


 ブチョウは首を傾げ不思議そうに言った。

「ん? ああぁ、そうだけど、それがどうしたんだ。さっきの店だってアルコール置いてなかったろ? 老若男女年齢問わず揺り籠から墓場までが基本コンセプトよ」


「いや、これ歓楽街ですよ。これ全年齢対応なのに……」

 オレはブチョウの袖……は、ないので肩を叩いて顔を近づけた。


「大丈夫だよ、ほら見てみろ。あの人もその人も看板すらすべてモザイクになってるだろ。雰囲気出すためにやってるんだよ」

 ブチョウは自信ありげに言った。


「え。あっ。ほんとだ、なんかブロック状の何かがうごめいてるね……」

 ミーナはブロック状の何かを凝視しながら言った。


「だろ? だから大丈夫なんだよ」

 手をひらひらとさせながら、適当言っているブチョウ。


「ん?」

 俺は遠くの方で、どこかで見た人物がブロック状の何かと会話しているのを発見した。


 じっーと目を凝らす……。




 カチョウが居た。




「ぶ、ブチョウ! カチョウがあんなとこにいますよ! モザイクの人と話してますよ!」

 思わずブチョウを揺さぶった。


「おー、ほんとだ。何やってんだろ、あんなモザイク相手に……」

 手で眉の上をかざしながら目を凝らしているブチョウ。


「あっ。モザイクと一緒に中に入ろうとしましたよ!」

 思わず興奮して、ブチョウを前後に揺さぶりまくる。


 そしてカチョウは入口に入ると、ミーナの眼前10cmの位置に合い向かいで出現した。


「きゃあぁぁ! いきなり人の目の前を何すんのよカチョウ!」

 ミーナはよくも分からない言葉を叫び反射的に左手に持っている鈍器(本)で殴った。


 ――ッバーン!


「バビブルッ!」

 謎の声を出し、勢いよく吹き飛ぶカチョウ。


 そのまま体が『く』の字になりながら地面に滑り進むカチョウ。

 ――ズシャァ……


「く、な、ナイスパンチだった……。ぞ……」

 そう言い残し、崩れ去った。


 そして再びミーナの前に出現するなり……、再び鈍器で殴られた。

「バビボッ!」

 吹き飛ぶカチョウ。だが今度は体が耐えられたらしい。


 ミーナは顔を赤くしご立腹である。

「はぁはぁ……まったくもう! なんだってこんなことしてるのよ!」


「何って……、ほらちょっとアレしてアレしようと……べボラッ!」

 ハラスメントでいきなり崩れるカチョウを確認すると、ミーナはスポーン地点からそっと距離を取った。


 そして、再出現したブチョウに呆れるように言った。

「あー。なんとなくわかったからもう行っていいですよ……。まったく……」


 そんなミーナの腕を両手で掴み赤面しているユウ。

 そんなユウを見ていたら何故か体が崩壊していった。


(3分後……)


 再び帰ってくるなりユウがもじもじしながら怒った。

「シンまで変なこと考えてるんだからもう!」

 くっ。そんなユウが愛おしいわちくしょうが……。

 左手で目を覆うと涙を流した。


 ブチョウがカチョウの方を見て呆れている。

「そりゃそうとカチョウよぉ。ブロック状の物体に対してあんなことやこんなことやっても面白くないでしょうよ」


 そう言うとカチョウは半ばキレ気味に言った。

「俺だってなァ女の子と遊びたいんだよ! 遊びたい年頃なんだよ! こう、なんつーか、チヤホヤされながら気兼ね無く社会の愚痴をぶちまけて聞いてもらってスッキリしたいだけなんだよ!」


 いや女の子というか。それブロック状の何かだし。音声は抑揚のない実況みたいな合成音声だしそんなんでもイイのかよ……。一同は心の中で思っていた。


「それに、それに……、現実だと職場のみんなやキャバ嬢ですら相手に……ううっ……」

 そう言うと、カチョウは下を向きうっすらと涙をうかべた。


(そりゃ、あんたがサボって上の階でゴルフやってるからでしょうが……)

 一同は思った。


「まぁまぁカチョウ。元気出してくださいよ。こんな目立つ所じゃ無くて、もっとこう人里離れたエリアに完全年齢制限制にして移動させればいいじゃないですか。ほら、あの、よくある書店とかにある謎のエリアみたいにすれば良いんですよ。例の目安箱に修正依頼出しておきましょうよ。少しは人間らしいのに修正されるかも知れませんよ」

 そう言って、カチョウを励ました。


「そ、そうだな……。シン」

 そう言って、涙を拭うカチョウに遠くから呼びかける声が聞こえた。


「カチョウ……、カチョウ! こんな所で油売ってないで、宿屋に戻に戻って下さいよ!」

 そう声を掛けるのはクロウだった。カツヨシも隣に居た。


 走ってきたクロウを向き、訊いた。

「お? クロウとカツヨシはカチョウと行動してるんか」


「そうなんだよ、あの後カツヨシと相談したんだけど、体力もたないからやっぱりヒーラー入れた方が良くない? って事になって食事した後に、ギルド行って探していたら丁度ソロのカチョウを紹介されてね。で、今は行動を共にしているってわけさ。ちなみに宿を探しているなら、ここと、ここのポイントはもう満員らしいから、こっちの遠い所しかないみたいだよ」

 そう言って、マップを出して説明するクロウ。


「ちっ、見つかったか……」

 残念そうに舌打ちするカチョウ。


「ほらっ、とりあえず戻りますよ。まだクロの勝負付いてないんですから。次はブチョウの番で腕立て50回からですよ!」

 カツヨシとクロウはカチョウを羽交い締めにしながら連行していく。


「うおぉぉ……、お、おねーちゃーん!」

 そう叫ぶと、3人は夜の闇へと消えていった。


(あぁ……、あのゲームこっちでも作れたんだ……。今はカチョウが餌食って訳か……)

 心の声が漏れた。


「さてさて、うちらも油売ってないで、宿に向かいましょ」

 そう言って、ユウは俺の背中を押しはじめた。

 そんなユウの手のぬくもりが……現実では女性と触れ合うなんてありえぬ事、そんなこと有りもしなかったその状況、高なる鼓動、俺はゆっくりと崩れた。


「きゃああああぁ!」

 宵闇にユウの声がこだました。

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